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酒と泪とベルギーと帰路

ブリュッセル滞在2日目は、街を適当にぶらぶらお散歩したあと、ベルギービールを買って、車でオランダへ戻りました。

ブリュッセル西部地区で開かれていたクリスマスマーケット。
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すごく派手な装飾が印象に残って入ったカフェ。
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ここのカフェのオムレットもすごくおいしかったです。
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ベルギーならではのフルーツビールは、このカフェ以外でも、入ったどこのカフェや軽食屋にもおいてありました。シャンパンみたいで女性に好まれる味のビールです。
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さて、EU圏内は関税を撤廃しているので、ベルギーでビールを個人でどれだけ買い込んでデンマークに持ち込むのも自由です。ではベルギービールはどこで買うかというと、普通のスーパーで買います。カルフールでも何でもいいです。どこのスーパーでもビールが充実しています。なのでむしろ大事なのは、入り口の近くに車を停められるかどうか、ということになります。ビールは重いので。そして、スーパーでビールをうっとり眺めていると、デンマークでのあまりのベルギービールの値段の高さにだんだん悲しくなってきます。おおよそ、どのビールもデンマークでの値段の5分の1から6分の1です。とはいえデンマークで買ってもたかが知れている値段なので、ベルギーでのベルギービールの値段が驚くほど安いというわけです。330mL瓶が1本100円台です。いかにベルギーで、ベルギービールが庶民的存在かということがよく分かります。美味しいのに庶民的価格。いいですね。
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これだけ買って、およそ3000円。ラベル集めが趣味なのでラベル買い。ラベルが面白いビールはだいたい美味しいのでそれでOKです。でも、買う量としてはこれは少ない方です。ベルギーまで行くのにかかったガソリン代を考えれば、ケースで何箱と買う方がお得です。ちなみに、私の元ホストファミリーは、ビールを買い込む目的で、ハイエースのような車を買ってしまったつわもので、ベルギーに行くと100ケース(100本ではありません、100ケースです。)近いビールを買ってきます。ビールサーバーを自前で自宅に作ったので、サーバー接続用の樽ビールも買ってきます。
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同居人Lは、大瓶と、好きなビールのみを箱買い。箱買いは4本セットですが、セットを店内で勝手にくずしてバラ買いすることも可能です。
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さて、その日はブリュッセルからいったんオランダまで戻り、翌日、オランダからの帰路の途中で、オランダ北部のフローニンゲン(Groningen、Gからはじまっていますがフローニンゲンと読むらしいです。)という町へ立ち寄りました。オランダは、北部は南部に比べて、いなかで畑しかないイメージがあるのですが、ここはオランダで2番目に古いフローニンゲン大学があって、街も若者でいっぱい、活気付いています。人口もデンマークのオーデンセより多いです。クリスマスの飾りはデンマークに比べて質素です。
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上の写真の、時計台の右下にくっついている小さい建物は、現在はカフェとして利用されています。フローニンゲンは、デンマークから車でオランダ中心部に旅行する場合、休憩がてら立ち寄るにはとてもいい場所ではないかと思います。 
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酒と泪とベルギーと少女

ブリュッセル滞在1日目は、同居人Lが好きなアーティストのルネ・マグリットが創作活動をしていた家を訪ねました。ブリュッセルの北部郊外にあり、中心部に比べるとさびれた感のある地域です。
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マグリットが住んでいた当時の家具がそのまま保管されていますが、本人の作品があるわけではないので、よほどコアなマグリットファンでないとおもしろくないかもしれません。説明のお姉さんが、マグリットは亡くなってから有名になった人なので、生前は貧しい生活をしていた、と言っていました。この建物も、マグリットが借りていたのは地上階のみで、リビング、寝室、キッチン、バストイレのみの質素な間取りでした。
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キッチンの一部をアトリエに使っていたためか、マグリットの作品には、家のどこかをモチーフにした作品がたくさんあるそうです。たとえば、あからさまな例ではこの作品と、この暖炉とか。
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トラムで再び中心部に戻って、中央広場グラン・プラス方面へ。おなかがすいたのでご飯にしました。写真は、軽食屋で頼んだ、たかだか7ユーロ(約870円)のパスタです。でもちゃんとアルデンテ、味もまとも。食べていて涙が出ましたよ。なぜなら期待通りに美味しかったからです。何度も言っていますが、デンマークは田舎都会関係なく、外食産業のレベルが低すぎで、デンマーク人自身も食にあまりうるさくないため、外食に高いお金を払っても、まともなゴハンにありつけるかどうかは運次第なのです。特にパスタは。カフェでもパスタに1800円近く払うのが普通で、たいていの場合、麺がのびきっています。ソースもクリーム満点で気持ち悪いか、しょっぱいか。ハンバーガー・サンドウィッチ系は味はまだしも、外食でわざわざ食べたいと思いません。なのでもう、デンマークで本当に美味しい外食なら、三ツ星以上のレストランに行かないとダメですが、そのお金があるなら、私はこうして外国へ出るほうを選んでしまいます。日本もそうですが、対価に見合った、もしくはそれ以上の食事を出してくれる国は、本当に素晴らしいのです。おまけにベルギーはこんな軽食屋ですら、すごくいいベルギービールをメニューに揃えている。食のレベルが高いと思います。
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グラン・プラスはこんな感じです。大きなクリスマスツリーが印象的。


目的は酒なので、さっさと目当てのDELIRIUM CAFEへ。
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ちなみにこのカフェの向かいに、有名な小便小僧ならぬ「小便少女」がいます。小便小僧はかわいいのに、こちらは微妙。他の観光客も微妙な表情。私は、ロスキレフェスティバルにこういう女の子がよくいたかもなと思いました。
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カフェの中はこんな雰囲気です。雰囲気を壊さないように露出時間を長くし、フラッシュなしで撮影。
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天井の写真。いろいろな銘柄のビールのお盆です。
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飲み倒して1日目終了。

酒と泪とオランダとうさこ

オランダ中部からベルギーのブリュッセルまでは、休憩なしで、車で4時間もあれば行けるのですが、かねてからの私の希望により、Lと私はオランダ南部のユトレヒトという町に立ち寄りました。なぜかというと、日本では売っていない、とある絵本を買うためです。

ユトレヒトは、ミッフィー(うさこちゃん)の生みの親、ディック・ブルーナの生誕地です。ご本人は85歳になった現在も、ユトレヒトに住み、創作活動を続けているそうです。ちなみにミッフィーは、オランダではNintje(ナインチェ)と呼ばれています。ミッフィーは英語の愛称だそう。

これが毎度おなじみのナインチェです。これはLが以前ひとりでオランダに行ったとき、ユトレヒトも立ち寄るといったので、その絵本を買ってきてほしいと頼んだのですが、なかったので代わりに買ってきたものです。Lは幼児用の本屋さんでこれを買ったそうですが、本屋のおばちゃんが、Lが小さい子にぬいぐるみを買うのだと勘違いして、おまけで、幼児向け交通安全用啓発用のナインチェのぬり絵もくれました(笑)。 
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町の北部にぽつーんと立っているナインチェ像。 
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ユトレヒトの町はとても大きく、古いです。写真中央は、町のランドマークのドム塔。 
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運河沿いに雰囲気のいいカフェがあったので休憩。ユトレヒトまで来ると、メニューにベルギービールがちらほら増えます。
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これもブルーナさんのイラスト。閉まっていて何の店なのかよくわからなかったのですが、ディスプレイを見るに、収集用の切手を売る店だと思います。
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運河に沿ってさらに南へ向かうと、ブルーナさんの作品を展示した博物館、ディック・ブルーナ・ハウスがあるのですが、私は時間がなく、あきらめました。残念。でも、ほしかった本は、本屋さんで手に入りました。それがこれです。"blomenboek(花の本)"。
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中身は、こんな感じで、ひたすら花とその名前がつづきます。シンプルですが味のある絵本です。
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ディック・ブルーナ・ハウスに後ろ髪を引かれながらユトレヒトを後にし、車はベルギーに入国。ベルギーの車は、かなり運転がむりやりでワガママで派手でした。街同士が近いからでしょうか?突然の車線変更とか、それにクラクションをばんばん鳴らすとかが普通でした。こちらもある程度むりやりに運転しないとついていけない感じでした。私には運転は無理でした。

酒と泪とオランダとべルギー

先週、アパートに同居しているLの酒飲みお供兼運転手として、車で、ドイツとオランダを経由して、ベルギーに酒を飲み&買いに行きました。帰りは酒瓶を大量に持ち帰るので、飛行機以外の交通手段なら列車で行ってもよかったのですが、オランダに住むLの友人宅が、列車ではアクセスしづらいところにあるため、車で行きました。総走行距離は往復2400km。もちろん私が全部運転したわけではありませんが、それにしてもよく運転しました。私はデンマークで免許をとってまだ1年と少しなんですが、まさか外国で運転することになるとは思いもよりませんでした。なんでも私に試させるLには感謝しています。

ずっと高速道路を経由していきました。日本だったら若葉マークはずしたての人(デンマークには若葉マークという優しいものは存在しません。)が、ハンブルクやアントワープなどの大都市の高速を運転するのは無理があるので、地図A-C、E-Fが私の運転担当でした。比較的車が少ないデンマークと、ドイツ西部、オランダ北部です。
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EU内は国境の検問を撤廃しているので、国境付近の高速道路には国旗や、入国した国の法定制限速度の説明標識がちらほら立っているだけです。国境を車でスーッと越えると、越えた先から標識の言語が変わるだけで、あまり国境を越えたという達成感?はありません。その昔、ロシアを列車で抜けて、ベラルーシとEU加盟前のポーランドを通過してドイツへ向かったとき、銃を持った検問の方々に夜中にたたき起こされ、ベッドから下ろされてパスポートを見せている間、にらめっこが続いてみたり、荷物を開けられてみたり、シーツはがされてみたりが、出国と入国を繰り返すたびに続いたのとはえらい違いです。

外国を走ってみると、やっぱりデンマークで走るのとは違うなあと思いました。デンマークの高速道路の最高制限速度は130km/hですが、ドイツの高速道路アウトバーンは、最高制限速度が原則ありません。やっぱりドイツに入ると、皆若干速度が上がります。Lの車は130km/hを出すと音がうるさく、ハンドルがぐらつきやすいので、110km/hくらいで走るのがちょうどよく、ドイツでも最初はそんな調子で走っていました。しかしだんだん周りにつられて私も速度が上がっていきました。私は追い越し車線に入るのがあまり好きではないのですが、トラックはどうしても普通車より遅いですし、トラックの後ろをずっと走るのは見通しが悪いので追い越していく必要があります。追い越し車線に入ろうとすると、すでに追い越し車線を走っていた後続車が、はるか後方から予想外の速さでビューンと近づいてくることがあるので怖いです。皆の最高速度がばらばらなので、どのくらいの時間で後続車が自分に追いついてくるか、あたりがつけにくいのです。また、ドイツの高速は老朽化がひどいのか、今は工事で道路が、隣の車に接触しそうなくらい狭くなっていたり、一般道やサービスエリアからの進入路が、工事でやたら短くなっているのに、高速道路上は車がひっきりなし、どうやって入るの?というところがちらほらあります。無理やり入るのですが。

オランダはデンマーク同様、最高制限速度もあるので比較的おだやかに運転できます。ただ、道路の分岐がやたら多いので、カーナビをつけるか、目的地以外の主要な町の位置まで頭に入っていないと、分岐をまちがえて思わぬ方向に走っていってしまうことがあります。Lは、「地図は自分が用意するから任せときなさい。」と言ったのですが、用意していたのはすごい昔の地図のコピーと、Lオリジナルの謎の手書き地図だけでした。しかもコピーは新しい高速道路が載っておらず、ドイツが東西に分かれていて鉄のカーテンつきの、昭和生まれにしか分からないような年期物の地図でした。Lの言うことは鵜呑みにしてはいけないのだったと、しかし大丈夫だ、燃料は自分もちではない…と涙目になって自分に言い聞かせながら、分岐はその古地図を頼りに勘で走りました。最後はそれでなんとか、オランダのL友人宅に到着したからすごいです。それでも私は、できる工夫をしなかったがために大きくなってしまった問題に、なんとか対処できたことを喜ぶことほど、無駄な事はないと思う性格です。燃料代ももったいないですし。自分で地図を用意しなかったことを後悔しました。

教訓…デンマーク人(デンマーク人が皆、Lのようではないことを願いますが)が「自分で全部やるよ!」と言ったときは、50パーセントほどできていたら御の字。50パーセントの出来では自分が迷惑をこうむる可能性がある場合は、本人のプライドを傷つけないよう、こっそり自分で100パーセントの出来のものを用意しておきましょう。

それにしても、100kmを超える長距離を走るという経験は今までなかったので、いかに運転が疲れるかということがよくわかりました。助手席の人のサポートは大切です。

今さらすぎるのですが今さら書く、ノール岬への旅 第10回 (FINAL)

6月20日 (日)

リンダ・ラインという定期船をつかって、ヘルシンキから対岸のエストニア・首都タリンへ日帰り旅行をしました。リンダラインは、繁忙期と閑散期、月~木と金土日、運航時刻により運賃がかわるので、時間のある方は月~木の早朝にヘルシンキを発って、夜遅くにヘルシンキに戻る便を使うと運賃が安くなります。朝9:30にチェックイン。エストニアも今はEUに加盟しているので、ヘルシンキからの入出国については、パスポートコントロールは一切なしです(でもパスポートは切符の購入とチェックイン時に必要です)。10:00に船がヘルシンキを出港しました。およそ1時間半でタリンに到着。

船着場から見える風景。ヘルシンキよりこぢんまりしているなあという印象でした。リンダラインの船着場は町の中心部から離れており、ここから旧市街を通りなが、町の中心部へ向かって歩きます。
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レトロな路面電車も走っています。パンタグラフが菱形です。
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旧市街の入り口。この建物は通称「ふとっちょマルガレータ」と言うそうです。気持ちは分かります。
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旧市街はこんな感じです。
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何のロケでしょうか。
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旧市街の狭い通りを抜けた先に、旧市街広場があります。写真に写っている建物は旧市庁舎で、1404年に建てられたものです。マーケットも出ていました。
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広場を抜けてさらに進むと、また城壁があり、そこをくぐると新市街に出ます。栄え具合にびっくり。正直、ここまで栄えているとは思っていませんでした。なお、観光地化していない新市街までわざわざ出て行ったのは、エストニアのビールを買うためです。
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新市街のデパート前にあった教会。ロシアっぽいなあと思います。
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再び旧市街に戻り、カフェに入りました。カフェは旧市街にたくさんありましたが、入り口がいちばんかわいかったカフェです。
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チーズケーキとアールグレイのセット、5ユーロ。エストニアは正式にはユーロ導入していませんが、旧市街の中は観光客が多いため、エストニアの通貨(エストニアクローン)とユーロの両方でお会計してくれる店が多いです。(新市街は原則エストニアクローンなので、クレジットカードを使いました。)
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かわいい看板を掲げているお店も多かったです。
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戻りの船は17:00発。日帰りで十分遊んでこられました。これは船についていた、エストニアの国旗です。 
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再びヘルシンキ到着。ここで、タリン観光でいちばん見ておくべき、アレクサンドル・ネフスキー寺院をばっちり見忘れたことに気づきました。いつかまた行けるさ…。 
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夜は、ヘルシンキ大聖堂のオルガンコンサートへ。重厚なオルガンの音に1時間どっぷり漬かりながら、これからどうしようか、ずっと考えていました。旅をする中で、ひとつ強く思ったのは、「普通」にとらわれることは、たいして意味のないことだということ。なぜなら、その「普通」は、ちょっと自分のいる立ち位置を離れたら、「普通」ではなくなってしまうからです。太陽が、東から上って西へ沈むことすら、当たり前ではない場所があるのです。計画通りに、「何歳の頃にこれをやろう」と決めても、その1年後に戦争が始まって、20歳30歳そこそこで死ぬこともあるのです。それなら、自分の身体が「よし!」と言う方向に、できるだけなんでも進めていこうと思いました。そうして失敗したり、誰かと対立したりするかもしれませんが、そのときは責任がちゃんととれるような気がします。自分が本当に好きで、やりたくてやることなら。


そんな、世の中分かったような生意気なことを考えていたら、なぜか見つけてしまった「MIKON通り」。語尾の「KATU」は日本語で「通り」という意味です。未婚です。通ります。スミマセン…。
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翌日、ヘルシンキから飛行機で、コペンハーゲンを経由して家に帰りました。いい旅ができました。

今さらすぎるのですが今さら書く、ノール岬への旅 第9回

6月19日(土)

町の中はひと通り回ったし、街中の美術館・博物館も、ガイドを読むかぎりではとくに自分の触手が動くようなところはなかったので、この日は郊外のセウラサーリ野外博物館へ足を運びました。博物館の情報サイトはこちら(英語)。6月から9月中旬までしか開いていないのでご注意。この博物館は、ヘルシンキ郊外の小さな島に、18~19世頃のフィンランドの重要建築を移築して集めてできた博物館です。島は森でおおわれた公園になっていて、公園を散歩するだけであれば、入場は無料です。なので、近所の方がジョギングや散歩をしているのもみかけます。6ユーロを払うと、建物の中に自由に入って中を見物できます。大きな建物の中には、案内の方もいて、建物についての情報をいろいろ聞くこともできます。建物はざっと30くらいあるので、説明をくまなく見てゆっくり見学すると、4-5時間はかかります。

博物館の入り口(ゲートの奥が博物館のある島)です。入り口付近までいくバスがありますが、晴れている日なら中央駅から1時間ぐらいかけてゆっくり散歩しながら来てもいいかもしれません。
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19世紀まで続いた、とある富農の家の中。
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当時の衣装を着たおねえさんが、いろいろ説明してくれました。当時は老人ホームがないので、年老いた父母は、長兄と同じ敷地内のはなれに住んで、食は長兄家族と共同でとるペンションのような生活をしていたそうです。また、この富農のようなお金持ちは、偉い人(王族や国賓など)と話す代表者の役割も果たしたため、母語のフィンランド語のほかに、スウェーデン語、ロシア語、フランス語などに堪能であることが求められたそうです。フィンランド語は、一般人だけが使う「いなか語」だったとか。
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こちらは、建築物をそのまま生かして営業しているカフェ。
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この博物館の中で一番古い移築物、Karunan教会。1686年にフィンランド南部のSauvoというところに建てられた、木造の教会です。その後、石造りの教会が1900年はじめに出来上がるまで、実際に使われていました。
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1830年代に建てられた、とある人のサマーハウスの中。
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サマーハウスのメイドさん。
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ミュージアムショップ。19世紀に実際に商店として使われていた建物をそのまま使っています。日常品から馬具まで、ひとつの店でなんでも売っていたようです。
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ミュージアムショップのお姉さんが、フィンランドではカメラに向かって「チーズ」と言う代わりに、「MUIKKU」と言うと教えてくれました。フィンランドにいる魚の名前だそうです。お姉さんも気前よくMUIKKUしてくれました。
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フィンランドのイケメンさん。着ている服は、昔の一般人がお祭りの時などに着た服らしいです。
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フィンランド中部にあった農家。家畜がいた場所を差し引いてもやたら大きい家なので、何でなのか案内のイケメンさんに聞いたら、面白いことを話してくれました。フィンランド中部以北の冬は厳しい(今でも-20度になることがある。昔はもっと気温が下がった)ため、夏の間はばらばらに暮らしていた親戚が、冬期だけみんな集まって、ひとつの家で何十人という単位で共同生活をしたのだそうです。人間が近くにたくさんいれば、それだけあたたかいですもんね。昔の人は賢いです。
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イケメンさん、おもしろい話をありがとうございます。
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午後は街の中心部のKamppiショッピングセンターへ。ホステルで会った女の子が、ここのマリメッコのお店を教えてくれたので、さっそく覗きに行きました。洋服やバック、家庭用品も充溢していましたが、マリメッコデザインの布そのもののはかり売りもしていました。Kamppiの上はマンションなんでしょうか?つくりが斬新です。
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友人へのプレゼントに、トートバックを購入。こんなふうに、バックとおそろいの柄の包装紙でラッピングしてもらいました。ラッピングは無料です。気前いいです。
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帰り際、ピンクのウニッコ柄(マリメッコで一番有名な、大きな花柄)のシャツを着たおばちゃんを街で見かけました。そういうシャツはショップには無かったので、ひょっとしたら布を買って自分で作ったのでしょうか?派手なアロハシャツに見えました。

明日は、旅の終点、エストニアの首都タリンへ向かいます。

今さらすぎるのですが今さら書く、ノール岬への旅 第8回

もう冬なのに、夏のことを書きます…。

6月18日
列車は1時間遅れ、7:30ごろ、ヘルシンキ中央駅に到着しました。その足でそのまま、お世話になるホステルへ行きました。
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この建物の裏にホステルがあります。泊まったホステルは、オリンピックスタジアムの宿泊施設です。1952年に、ここでヘルシンキオリンピックが開催されたそうです。チェックインは午後からだったのですが、あまりに眠かったので、自分のベッドはいつ空くか聞いたところ、運良くすでに空いていて、早めにチェックインさせてもらいました。このホステルは一人用、二人用、5人以上の相部屋など、いろいろな部屋のオプションがあります。私は節約のため、相部屋へ。仮眠のつもりが昼ごろまでしっかり寝てしまい、起きたら相部屋の人はみんな出払った後でした…。
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今日はとりあえず、ヘルシンキの町の中を歩いてみようということで、町の中心部、エスプラナーディ公園の方へ歩いていきました。
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頭に注目。ヘルシンキは港町なので、カモメがたくさんいます。
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エスプラナーディ公園を抜けて、港のマーケット広場へ。天気もよく、現地の方も観光客もたくさんいました。驚いたのは日本人観光客の多いこと。それもそのはず、日本から一番近いヨーロッパは、意外にも北欧、フィンランドです。(成田→フィンランドは約9時間、これに対して成田→フランスは12時間ほどかかります。)加えて、フィンエアーは成田、関空、中部国際すべてから、フィンランド直行便をだしています。おかげで、観光案内パンフレット「ヘルシンキ・ビジターガイド」には日本語版があり、さらに、おおよその有名な観光名所には日本語の案内があります。おまけにこんな詳しいHPもあります→ヘルシンキ市観光局(日本語)。英語を使わざるをえない頻度だけで比べれば、コペンハーゲンよりずっと観光しやすいです。
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マーケット広場には、このような屋台が並んでいて、安くておいしいものが食べられます。デンマークやスウェーデンと違って、ご飯ものの屋台も多く、私の口にもよく合いました。
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私の昼ごはん。サケのパエリア風。6ユーロ。
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マーケット広場のすぐ横には、オールドマーケットホールもあります。ここは魚介、トナカイ肉を含めた肉製品、野菜、乳製品と、幅広い食料品を扱っていました。サンドウィッチカウンターや、すし屋もあります。
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腹ごしらえも済んだところで、ヘルシンキのランドマーク、ヘルシンキ大聖堂へ。
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大聖堂の中にあるオルガン。
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ヘルシンキの人は、大聖堂の前の階段に腰掛けて、物思いにふけるのだとか。皆さん、何を待っているかというと…。
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これです。大聖堂の前からスタートして、町をまわる衛兵の行進です。「HELSINKI THIS WEEK(英語版のみ)」という、観光案内所で配っている無料のパンフレットを見ると、主要な観光名所でいつ、どんな催しがあるのか分かります。
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こちらは、大聖堂から少し歩いたところにある、ウスペンスキー寺院。ロシア正教の教会です。ヘルシンキ大聖堂がシンプルなのに対して、こちらは建物の外も中も、装飾が派手です。
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港で、明後日のエストニア行き往復乗船券を買ってから中央駅の方へ戻り、テンペリアウキオ教会へ行きました。こんな外観ですが、教会です。
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中はこのようになっています。石造りで音がよく響きます。この日も夜からコンサートがあるようで、リハーサルが行われていました。
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ご飯(あいかわらずカレリアパイ)を買って、はやめにホステルへ戻りました。ホステルへ戻ると、相部屋の人もちらほらと戻ってきていて、おたがいに自己紹介。ゴスロリファッションのブルガリア人の女性、大学をめでたく卒業したばかりのアメリカ人女性、スウェーデン留学中の日本人女性、看護士として出稼ぎに来ているエストニア人女性…いろいろな人に出会いました。一人旅の醍醐味は、やっぱり人との出会いです。

明日は、マリメッコに向かいます。つづく。

今さら書く、ノール岬への旅 第7回

6月17日
ヘルシンキ行きの夜行列車は、夕方の発車だったので、ホステルをゆっくりチェックアウトして、ロヴァニエミ市内にある北方民族博物館・アルクティクム(Arktikum)へ行きました。博物館の詳細はこちら(日本語)。この博物館は、スカンジナビア半島北部に住むサーメだけでなく、他の地域民族も含めた、北方民族に関する歴史や生活と、北極圏でのいろいろな観測・研究の成果を紹介している博物館です。展示の解説が丁寧で、私個人の興味をとてもくずぐるものが多く、私は楽しめました。が、万人うけする展示ではないという印象をもちました。興味がない人にはとことんつまらないかもしれません。展示以外の見どころは、博物館自体の建築デザインです。長いトンネル型の建物の両脇に展示室があるつくりで、トンネルの終点(写真)が、すごくいいデザインだなあと思いました。 
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博物館のあとは、町でおみやげと食料調達です。おみやげは、トナカイの肉です。トナカイ肉料理は、ロヴァニエミがあるラップランド地方の名物料理です。レストランで食べようかと思ったのですが、現地の人が、缶詰で作れば簡単だよーと言うので、トナカイ肉の缶詰とソースを買っていくことにしました。
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ロヴァニエミ駅に到着。駅は、町の中心部からやや離れたところにあります。
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こちらが、ヘルシンキ行きの夜行列車です。発車時刻までだいぶあったのですが、ザックをはやく下ろしたかったので、さっさと乗りこんでしまいました。
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フィンランドの公用語は2つ。フィンランド語とスウェーデン語です。なので、標識や看板は、いつも2ヶ国語表記になっています。「Helsingfors」というのは、スウェーデン語でヘルシンキのことを指すわけですが、旅行者には正直紛らわしいです。地名くらいは統一してもいいのでは?と思いました。でも、それだけ、どちらの言語も大切にされているし、おたがい譲らないということでしょうか。
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これが2等寝台車両の車内です。本来は3人用で、写真左の白い壁が折りたたみベッドになっています。が、ラッキーなことに、私の部屋には私以外誰も乗ってこないことが判明。コンパートメントを贅沢に使わせていただきました。ちなみに、部屋に洗面台までついているのに、トイレは「線路直まき式」。つまり、使用後にレバーを押すと、トイレの底が開いて、モノが全部線路に落ちるわけです。10年前に乗ったシベリア鉄道を思い起こさせるトイレでした。ハイテクとレトロの混在する楽しい列車でした。普通、この手のトイレは、駅が近づくと、車掌がトイレの鍵を閉めて客が入れないようにし、ホーム前線路が大変なことになるのを防ぐのですが、鍵をかけに来た気配が全く無かったです。大丈夫だったのでしょうか…?なお、寝台ではない一般車両もついていて、そちらにすればさらに安く移動できます。でも私は「寝台に乗る」のが旅の目的のひとつなので、そこは妥協しませんでした。
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食事は安く、しかしたんぱく質、炭水化物、ビタミンを可能な限りバランスよくとるのが私のモットーです。写真上から時計回りに、カレリアパイ、チーズ、トマトです。このチーズはデンマークでは見たことがありません。本当はどうやって食べるのか分かりませんでしたが、そのまま食べてみたら、モッツァレラチーズのような味でした。
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お土産に買ったトナカイ缶。トナカイは、フィンランド語でポロンリハ(PORONLIHAA)と言うそうです。
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車窓からの光景。列車は快適だったのですが、景色はずっとこんな感じで、平坦で変化が無くて、先にスウェーデンの鉄道で絶景を見てしまった私は、イマイチ感動しませんでした。ヘルシンキには早朝に到着するので、早めに寝ました。
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明日は、いよいよヘルシンキに到着します。

*おまけ*
最近になってやっと、トナカイ缶でトナカイ料理を作ってみました。レシピはこちらのサイトを参考にさせていただきました。缶は色違いで3種類あって、何がどう違うんだと思ったら、緑がペースト状、青がこま切れ、黄色が塊肉でした。レシピにはベーコンで味付けと書いてありましたが、肉に味付けがしてあったので、軽くフライパンで温めるだけにとどめました。
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というわけで、こちらが出来あがりです。マッシュポテトとトナカイ肉を、ベリーのソースでいただきます。トナカイは羊の肉のような、ややクセがある味でした。ベリーのソースは、要はパンに塗るジャムみたいなものです。肉とジャムってどうよ?と思いましたが、これがすごく合っていて、ハマリました。
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今さら書く、ノール岬への旅 第6回

6月16日

ロヴァニエミは、フィンランドの北部、ちょうど北極圏に入る手前に位置する市で、人口は6万人です。北極圏は、北緯66度33分より北を指し、北極圏内は、夏は白夜、冬は極夜(一日中太陽が昇らない)になります。
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ロヴァニエミから少し北に行ったところには、サンタクロース村があり、サンタクロースが住んでいます。サンタクロースのボスはグリーンランドに住んでいるそうなんですが、今回はフィンランドの公認サンタクロースに会いに行きました。ちなみに日本の公認サンタクロースは、パラダイス山元さんです。

この建物の中に、サンタクロースがいます。あの長いひげの、ほんとうにイメージどおりのサンタクロースです。サンタクロースのオフィスが建物内にあり、そこで個別に対談ができます。その対談の様子はビデオ撮影されています(後で知りました)。対談の後にサンタクロースと写真撮影をし、欲しい人はその写真や、ビデオの入ったUSBスティックをショップで買います。私が持っている四角い封筒が、その写真です。25ユーロ。サンタクロースは商魂もたくましいです。でもここまで来たら、高くたって写真が欲しいですよねえ。サンタクロースは何語でも話せるようです。私の前に順番待ちしていた家族連れとはドイツ語で話していましたし、私のときは日本語でした。英語とフィンランド語は間違いなく話せるでしょうから、いったい何ヶ国語話せるのか…さすが世界のサンタクロースです。
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サンタクロース村には郵便局があり、ここから郵便を送ることができます。すぐに届けてくれる一般郵便と、クリスマスの時期に届けてくれる特別郵便(料金は普通郵便と同じ)があります。クリスマスカードやはがきも豊富。せっかくなので、2010年のクリスマスカードを、ここで全部書いてきました。また、ここには、送り先と言語を選択すると、クリスマスにサンタから手紙が届くというサービスもあります。日本語版の手紙もしっかりあります。こちらは1通7ユーロです。

黙々と手紙を書く皆さん。
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世界中から、サンタ宛に送られてきた手紙が、ここに集まってきます。
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窓口のおねえさん。ニッサという、サンタの手伝いをする小人の格好を模しています。
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ちなみに、サンタクロース村の中に、ちょうど北極圏の境界線、北緯66度33分線が走っています。こうやって、北極線をまたぐのもまた、何の意味も無くて乙です。
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サンタクロース村自体は、手紙を書く時間も含めて3時間もあれば回れるので、連泊しないで、ロヴァニエミから列車に乗って他の都市へ移動してしまうのもアリです。が、私は若くないのでもう一泊しました…。村から戻って一眠りして、町を散策。夜はせっかくなので、真夜中の太陽リベンジということで、オウナスヴァーラの丘(冬はスキー場)に登ってみました。途中で道が分からなくなって、通りすがりの女の子に道を聞いたら、丘の途中のスポーツセンターまで行く途中だというので、そのままおしゃべりしながら一緒に歩きました。彼女の友達はアニメが大好きで、大好きすぎて日本のアキバに旅行に行ったそうです。アニメの威力はすごいものがありますね。
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22:30ごろの写真。いつまでも明るい。しかも北に太陽があります。私にとっては不思議な光景ですが、この辺りに住んでいる人には当たり前の光景なわけで。このあたりに住んでいる子どもは、太陽は東から上って西に沈むなんて単純に思ってないんでしょうね。
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このまま0:00まで頂上にいようかと思いましたが、蚊があまりにも多かったので下りました。ホステルに帰る途中の橋にはたくさんの観光客が。みんな、真夜中の太陽を見に集まってきていたのです。
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というわけで、真夜中の太陽リベンジです。
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明日は、再び鉄道で、フィンランドの首都ヘルシンキへ向かいます。




今さら書く、ノール岬への旅 第5回

6月15日深夜、旅の目的であったノール岬を離れ、バスでフィンランドのロヴァニエミに向かいました。総走行距離、約500km。東京から大阪まで車で一気に移動する感じです。

深夜といえども、白夜なので明るいままです。これは午前2:00の写真。
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ノール岬を離れて約1時間後、バスはホニングスヴォーグへ戻りました。ここで運転手さんが「では私は家に帰ります。5時ごろ別の運転手が来ますので。」といって、家に帰っていきました。乗客はバスの中で5時ごろまで待機でした(笑)。外の気温は3度、バスのエンジンはもちろん切られてしまったので、めちゃくちゃ寒かったです。私は持っていた新聞紙にくるまって寝ていました。トイレがバスの中についていたのが幸いでした。

さて、寝転がっていると、ほんとうに5時ごろ、新しい運転手さんが来ました。私は「すごい、言ったとおりだった。」と感動しました。なにげに、もう来ないんじゃないかと思っていたので。運転手さんは、バーコード頭が印象的な、フィンランド人のきさくなおじさんでした。フィンランドにもバーコードスタイルは存在するのか…と思いつつ、バスが出発。
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ノルウェー・フィンランド間の国境を通過するところを見たかったのに、いつの間にか寝てしまい、起きたらフィンランドに入っていました。これは国境を越えてしばらく行った、途中休憩先の写真。もう看板に何が書いてあるのか、さっぱり分かりません。(*デンマーク・スウェーデン・ノルウェー語は互いに似ているので、どれかひとつの言語が分かれば、他の2言語で書いてあることもおおよそ理解できます。フィンランド語はまったく似ていません。)
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気がつけば道の左右に森が。森があるって、やっぱりいいですね。
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フィンランドに入ってからは、こういう、森の中に道しかないというところをずっと走っていました。突然湖が現れては、また森の中の繰り返しでした。
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川のように見えますが、湖です。フィンランドで湖といえば南部のカレリア地方が有名ですが、北部も美しい湖が多いです。特に「イナリ湖」は大きくて本当に美しかったです!
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ロヴァニエミまで、あと250km。
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17:00ごろ、ロヴァニエミに到着しました。ホステルに荷物を置いて、スーパーに買出しに行きました。この旅では、乗り物に贅沢にお金を使った分、これまでの食事はすべて家からの持ち込みでまかなってきました。毎日3食、りんごとパンとチーズとビタミン剤(笑)。その持ち込み分がなくなったので、フィンランドで新たに買出しです。フィンランドは他の北欧3国と食文化がかなり違うと聞いていたので、買出しは楽しみのひとつでした。そして見つけたのがこれ、Karjalan Piirakka(カレリアパイ)。ミルクで煮た米を、ライ麦生地で包んで焼いたものです。二つで1~1.5ユーロぐらいが相場のようですが、ロヴァニエミのスーパーは閉店間際に入ったためか、7個を2ユーロで売ってくれて、私の財布に優しかったのでした。ちなみに2つも食べればおなかいっぱいになります。味は、素朴な塩味にミルクの甘さが意外と合っていて、とてもおいしいです。
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明日は、ロヴァニエミに滞在し、本場の?サンタクロースに会いに行きます。つづく。
プロフィール

syltetoejsglas

Author:syltetoejsglas
はじめまして。syltetoejsglas (デンマーク語で「ジャムの瓶」の意)です。大学でジャム瓶を使って実験をしていたので、こういう名前です。
現在、デンマークでの大学院生生活を終え、プータロー生活を1年近く大満喫の後、日本帰国。4月から専門職で社会人復帰しています。
このブログは、デンマークなのにデンマーク人にすらデンマークと思われていない(?)デンマーク最北部での野趣あふれる生活を懐かしみつつ、私のいまだ不慣れな日本での日常生活を淡々と綴るものです。

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