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お葬式に行きました。

ちょっと前の話ですが、デンマークの知人のお母さんが亡くなり、お葬式に行ってきました。教会のキリスト教式お葬式だったのですが、驚いたのが、親族以外は皆、地味な普段着で参列していたことと、葬式の後、参列者皆でお別れパーティ(必ずやるものではないらしい)をしたことです。

このお母さんは、生前はじめて会った当時、私はデンマーク語がほぼ話せませんでしたが、とても親切にしてくれた人でした。誰に対してもそういう人柄だったのでしょう、教会に入りきらないくらいの数の参列者が来ていました。パーティでは知らないもの同士でしたが、皆で彼女を偲んで黙祷、その後、彼女のエピソードをちょっと泣きながら皆で話しました。

その後、その家族を訪問して、娘にあたる人とお茶を飲んで話をしたのですが、不思議な話を聞きました。
そこの家の犬が、最近家の中で、ふだんは座らないような場所に座っていたり、誰もいない部屋を長い間うろついて、呼んでもまだうろついていたりする、というのです。
「お母さん、遊びに来ているね、たぶん。」と、二人で泣きながら笑いました。
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近所の動物達

  
近所をちょっと歩くと、こういう動物達がいます。

写真1 ロバのリサロッテ号
鼻筋を撫でようとして静電気が走って以来、私を恐れるようになってしまいました。なので近くで写真が撮れません。にんじんを持っていっても、頑なに受け取りません。

写真2 羊のスナウセゼさん(スナウセゼはデンマーク語で「汚い」の意)
いつも体に藁やゴミがついています。毛に強力に絡まっているので、取ろうにも取れません。日増しに藁とゴミが増え、最近は地面に擬態しつつあります。とても人なつっこいですが、あまり皆さわりたがりません。

写真3 山羊と鶏
鶏は頻繁に山羊の背に乗っています。山羊が歩いても落ちません。山羊はどうでもいい様子です。

院生になる

2月から現地の大学の大学院生になります。

習うことは環境エンジニアリングで、おおよそ大学時代の続きですが、大学時代のように、学問として学ぶのではなく、環境修復テクニックを実験しながら具体的に学ぶので、より仕事に直結する感じです。2年間勉強します。

正攻法で大学に入るには、IELTSという英語のテストの、それなりのスコアが必要でした。でも、ダメもとで大学の目当ての研究室に直接乗り込んで、「英語もそんなにしゃべれないし、お金もないけど、勉強したい。」とデンマーク語で交渉したら、「じゃあちょっと大変だろうけどおいでー。」ということになり、なんとか奨学金も取れました。その教授がたまたまうちの大学の教授と共同研究をしたことがあり、すごく興味を持っていたおかげでもあるのですが。 やる気しだいで例外の人も雇うことが、大学でも会社でも、デンマークではよくあります。教授レベルで採用の決定権があるのもすごいです。もちろん、入った後の本人は大変なんですが。

授業は英語です。デンマーク人学生も留学生も、デンマーク人教授の英語の授業を受けます。なので、アメリカやイギリスあたりから学生が来ない限り、誰もその言語が母国語ではないのです。すごく不思議な感じです。修士論文から小レポートにいたるまで、すべてグループで書いて提出です。つまり、絶えずクラスメイトと英会話です。私は大丈夫なのでしょうか。ためしに教授から借りた論文を読んでみました。最初はこれでもかというくらい、読めませんでした。というのは単語が専門語だからです。そして、英語の文法を忘れ去っているから…。辞書を引いて引いて、専門用語を覚え始めたころ、ようやくすんなり読めるようになって来ました。

英会話は、デンマーク語と英語はかなり似たところがあるので、最初は頭の中で、デンマーク語の会話の一つ一つの単語を英単語に変えて、しどろもどろ話し、最近やっと頭の中でデンマーク語と英語が分離されつつある状態です。教授が言っていた、「そんだけデンマーク語が話せるなら、ちょっと訓練すれば英語も話せる」、と言っていたのはこういうことだったのかと。 余談ですが、ゲルマン語(ドイツ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン語)が母国語だと、英語の習得も本人の努力次第ですんなりいくそうです。東京人が博多弁を習いに行くようなものなのでしょうか。言葉が似ているって得だなと本当に思います。

そういうわけで、入学まであと2週間です。せっかくエンジニアになるチャンスです。絶対に卒業します。

7000系が消える

名鉄の7000系電車(パノラマカーの赤くて運転手が2階にいるやつ)が2009年までに全車廃車になるそうです。鉄ちゃんならずとも、名鉄ユーザーならあの電車が好きな人は多いはず。なにより素敵なのはミュージックホーン。音階はミド♯ラ、ミド♯ラ、ミド♯ミラー♪だったはずです。あと、おならと間違わんばかりのブーーーーー♪という警笛もありました。夜10時を過ぎてるのに、ミュージックホーン激しく全開で駅に電車を入れる運転手がいるかと思えば、ぜんぜん鳴らさない運転手もいました。とにかく運転手にとってみたら、雨の日も風の日も、外付けはしごで二階運転席に上がるのは大変だったでしょう。

7000系というと、昔、うちのじいちゃんと知立から7000系に乗って、東山動物園に出かけたのを思い出します。1000系(白くて展望席のあるパノラマSuper)が80年代後半に出てくるまで、7000系は立派な特急列車でした。どこか特別に出かけるために乗るんだというイメージが、今もまだなんとなくあるのは私だけでしょうか。

7000系というと、高校時代、三河線なのに7000系が来ると、つい、乗ってもいいの??と、皆でどよめいてしまったのを思い出します。

7000系というと、2年前、西春でちょびっと働いていたころ、帰りの電車が栄生から7000系で、いつも先頭を陣取っていたのを思い出します。やりたいことがあって仕事もやめちゃったけれど、ほんとにそれでよかったのかと考えながら、前に広がる夕暮れの風景を見ていました。

全部なくなってしまうまえに、もう一回乗りたいです。なくなったら中京競馬場に行くしかないかな…。

おおみそか

デンマークでは特に誰も大掃除をしませんが、私は大掃除をしないのは心が痛むので気が済むまで掃除します。多くの人は、友人やら家族やらで集まって、年越しホームパーティをします。

31日午後6時、マーグレーテ女王の毎年恒例の演説があります。女王は立場上、直に政治に関する話題は触れられないせいか、国の動向については、絶妙なベールに包んだ言い方をするので、聞いていてなんとなく分かるけれどむず痒いです。

ご飯を食べて、午前0時ごろ、あっちこっちで打ち上げ花火が鳴りはじめます。近所の人がみんな酒を片手に外に出てきて、花火の見物。この花火、日本の職人が打ち上げるほどの大きいサイズではありませんが、一般人が打っていいにしてはかなり大きいサイズ。花火というより爆竹に近く、日本の夏の花火を見慣れている私にとっては、あまり美しいものではありません。花火には、打ち上げる人は防護メガネと耳栓着用のこと、と書かれています。あまりつけている人がいませんが。で、外で近所の人とああだこうだと話すうちに、うち来る?行く行く!という話になり、近所のパーティになぜか参加。レッドツェッペリンが大音量でかかる中、おいしいシャンパンと、正月に食するマジパンのケーキをたらふくいただいて、3時に帰宅、就寝。

と、これだけはっちゃけているのに、2日が仕事始めというのは、どうも寝正月に慣れきった日本人の自分にはつらいものがあります。
プロフィール

syltetoejsglas

Author:syltetoejsglas
はじめまして。syltetoejsglas (デンマーク語で「ジャムの瓶」の意)です。大学でジャム瓶を使って実験をしていたので、こういう名前です。
現在、デンマークでの大学院生生活を終え、プータロー生活を1年近く大満喫の後、日本帰国。4月から専門職で社会人復帰しています。
このブログは、デンマークなのにデンマーク人にすらデンマークと思われていない(?)デンマーク最北部での野趣あふれる生活を懐かしみつつ、私のいまだ不慣れな日本での日常生活を淡々と綴るものです。

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