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高校野球愛知県予選

私の母校のK高校、今年は決勝まで行ってしまいました。いつの間にそんなに強くなっちゃったんだろう。明日、中京大中京高校と対決です。中京は昔からの強豪で、今回は愛工大名電(イチローの出身校)を下して決勝まで来ているので、かなり手ごわい相手と思われます。

う~ん、愛知にいたら試合を見に行っちゃうのになあ。

追記
決勝は5-0で中京大中京の勝ちでした。やはり手ごわかったようです。残念!こうしてまた、球児の熱い夏が終わってゆきます…。
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ちょっと面白い誕生日カード

 
味噌路に突入した友人に贈る誕生日プレゼントを探していて、ついでにこんな誕生日カードを見つけました。

デンマークでは、大人も子どもも、何歳になっても誕生日をお祝いします。お祝いの規模は人によって様々です。盆と正月がいっぺんに来たかというレベルで盛大にお祝いする人も、普段と同じでいいからと、全然お祝いしない人もいます。でも、0がつく歳の誕生日(10、20、30、40歳…)は、特別に感じている人が多く、普段お祝いしない人もお祝いする傾向があります。私も今年30になりましたが、免許がとれたときに、取得記念を兼ねてパーティをしようと思っています。ところでこの誕生日カード、10歳刻みで、10歳、20歳、30歳・・・100歳用までありました。デンマークのこういうところが好きです。

せっかくなので、カードの中にかいてあった歴史年表を訳してみました。代表的なものをここにピックアップします。
*********************************
生まれた年に起こった重要な出来事
•イランのパフラヴィー王朝崩壊(1979年イラン革命)
•マーガレット・サッチャー、英国首相に就任
•当時のデンマークのガソリンの価格…1リットルあたり3,90DKK
(今のレートで75円くらい)
•デンマーク経済危機(デンマークは、なにげにここ30年で急成長した国です)

あなたが10歳のとき(1989年)
•ベルリンの壁崩壊
•ニコラエ・チャウシェスク大統領(ルーマニア)処刑
•米国、パナマに侵攻

あなたが15歳のとき(1994年)
•この年の映画…「ジュラシック・パーク」、「ミセス・ダウト」
•ドナルド・ダック誕生50周年
•ジャクリーン・ケネディ(ケネディ大統領夫人)死去
•客船「エストニア号」沈没、900人以上が死亡
•デンマーク、男親・女親両方がとれる育休制度の導入
•デンマーク、環境税の導入

あなたが20歳のとき(1999年)
•ユーロ通貨がEU内11カ国で発効
•トルコで大地震、30000人以上が死亡
•世界の人口、60億に到達
•デンマーク-スウェーデン間にオーレスン大橋が開通、両国間が橋で結ばれる 

あなたが25歳のとき(2004年)
•デービット・ベッカム、レアル・マドリッドに移籍
•ハーレーダビッドソン(オートバイ)誕生100周年
•デンマーク王室フレデリック王太子、メアリー・ドナルドソン氏と婚約
*********************************
味噌路突入隊が生まれた1979年頃は、冷戦の真っ最中で、ソ連とアメリカ間がかなり緊迫していた時代だったんですよね。当時はもちろん何も知らないで生きていましたが。その後の緊張緩和で、あっちこっちの国で独立紛争が起こって…。ある日の小学校の社会の時間に、新しい世界地図が配られて、それまでソ連と書いてあっただけだったの地図の上に、いきなりいろんな国が現れた!のを覚えています。今の中高生は、サッチャー首相も、ドイツが東西に分かれていて、ベルリンはさらに東西に分かれていたことも、歴史の中の出来事なんですよね。そう考えると30年って意外と長いですね。

それにしてもデンマーク、15年も前にすでに環境税や、男女育休を国が制定していたとは(育休は男3週間、女1年)。本当に、「とにかく実際に試す国」だと思います。人口530万人だから、できちゃうんだろうなあ。

デンマークで普通自動車免許をとるの巻。 第3回

今日も実地教習を2時間うけてきました。駅前で教官と待ち合わせで、駅前からもう運転しました。で、そのままずっと街中を走り回っていました。

今日の主な練習は車寄せとスイッチターンと左折でした。スイッチターンは、車がそれなりに行きかう団地の裏の細道で
何度も何度も何度もターンしました。ときおりやってくる車に、自分がこれからどうしたいのかを知らせるウィンカーの出し方などを教えてもらいました。

デンマークは右側走行のため、左折のときは交差点の真ん中にでないといけません。今日は左折の練習なので、道に突き当たると左折、左折、左折。そのうち交差点の真ん中で左折のタイミングを待つのが怖くなくなるから不思議です。まさに習うより慣れろです。

ところで、デンマークには、交差する道のどちら側の車が道を譲るかに関して、特に信号・標識・路面の表示がなければ、自分の右側にいる車を先に通し、右に車がいなければ、自分が通ってもいい、という法律があります。たいてい信号や標識があるので、この法律が働く場所は限られるのですが。日本の場合は、どうなっているのでしょうか?

それから、私はマニュアル車を運転しているので、いったん車を一時停止させて、また発進するときは、ギアを1に戻さないといけません。運転中もスピードに応じて適宜ギアをかえます。オートマ車はそのへんどうなっているのでしょうか?ひょっとして何もしないで、ゴーカートみたいに運転できるのかしら?

デンマークで普通自動車免許をとるの巻。 第2回

実地教習2回目ですが、一般道デビューしてきました。

12時に教官と、駅前のバスセンター駐車場で待ち合わせしました。バスセンターの駐車場で、教習車のボンネットを開けて
あれこれ説明を受けたあと、教官の運転で車の少ない田舎道へ移動。そこから、「ハイ運転してください。」…習うより慣れろというわけです。私は練習場で、アクセルを踏んで車を動かしたことがないのに(練習場ではクラッチの踏み加減だけで車を動かしていた)。といっても田舎道は、信号もなにもない一本道で、とにかく車を動かせれば大丈夫でした。

私の住む地方は、小さな町同士を田舎道が結んでいるようなつくりになっているので、田舎道をずっと走っていくと、必ず小さな町に入ります。町の中は50キロ以下で走行、対向車がいる、自転車がいる、など注意事項が増えますが、これも何とかクリア。こうして、いろいろな小さな町と田舎道をくりかえし通り過ぎながら、体を慣らしていきました。ちなみに町の外へ出たら、とくに標識等がない場合は80キロ前後で走行します。慣れてきたら大きな幹線道路にはいったり、遅い車を追い越してみたり、踏切を通ったりしながら、最後に駅がある大きな街に入りました。信号での一時停止やら、方向別道路などを最後にきりぬけて、2時間後に駅前に自力で帰還しました。

私は、ひとつの操作に集中すると、他に意識がいかなくなる傾向があるようです。なので道から車がちょろっと外れてしまうことがよくありました。また、ギアチェンジや、ウィンカーを出すタイミング、角の曲がり方などにまだまだ難はあるものの、初めての一般道にしては上出来のお墨つきを頂きましたわーい(嬉しい顔)

それにしても教官は、長い一本道は飽きるのか、世間話が止まりませんでした。「今ちょっと黙っといてくれ~!」と思うことがかなりありました。

デンマークで普通自動車免許をとるの巻。 第1回

今月8日から、自動車教習所に通い始めました。突然、自動車の免許を取ろうと思い立った理由は、実験用サンプルをとりに行くのに車が不可欠だからです。

ところで、デンマークには、教習所がたくさんあります。人口3000人クラスの町にもちゃんとひとつあります。大きな街には数え切れないほど。何でそんなにあるかというと、教習所の建物の中では学科の授業があるのみで、ほとんどどの教習所も練習用コースを持っていないからです。では練習用のコースはどこにあるかというと、大きな街のはずれに、近辺の教習所が共同で使う、公営のコースがあるのです。でも、コースが1か所しかなかったら足りないのではないか?と思ったのですが、これもよけいな心配でした。なぜなら、練習用コースでは、教習生は1回しか練習しないからです。はじめの1回の練習で、自動車の動かし方、バック走行、8の字走行、駐車のしかた等々をひととおりやったら、次はもう一般道で練習です。というわけで、来週、私も例に漏れず一般道デビューです。

つづく。

※ちなみに、この1回目の練習コースの練習のときも、助手席に先生は座ってくれず、一通り動かし方だけ教えてくれたら、あとは独りでひたすら車を動かしました。車の後部席にトランシーバーがあって、先生はトランシーバーで指図するだけという、かなり放任な練習でした。しかもそのトランシーバーは、教習生の側からは発信できない一方通行のものでした。

大人用?

国鉄DSBの回数券を買いに行きました。回数券は、子供用(15歳以下)、大人用、お年寄り用(65歳?以上)があります。

駅の窓口にて。

私「回数券ください」
窓口のお姉さん「大人用?」
私「…はい。」
窓口のお姉さん「176DKKね。」

…何歳だと思われたのでしょうか。

いちごむし


甘くておいしい、デンマーク産いちごを手に入れました。ひとつ、大ぶりなのをほおばりました。

口の中で何かがもぞもぞ動くので、吐き出したら、いちごの中に隠れていた、ハサミムシに似た大きな虫でした泣き顔。いちごむしが住むほど、デンマーク産いちごは甘くておいしいんですよ…フフフフフ(泣)…。

戻ってきました。

ロスキレフェスティバルから戻ってきました。8日間生き抜きました。(この言い回しがしっくりくるフェスティバルです。詳細はまた後日。)満喫しました。とりあえず洗濯して寝ます…。

ロスキレフェスティバル2009に行きましたの巻 最終回

長きに渡って書いてきたシリーズも、今回で最終回です。最後に、コンサートのことについて書きます。
7月2日~5日の4日間に、134のバンドのコンサートがありました。

コンサート会場には大小6つのテントがあります。この6つで、早くて昼の12時から、一番遅くて深夜3時まで、いろいろなバンドがコンサートを開きます。あらかじめコンサートの日程表がもらえるので、それを見て誰のコンサートに行くかを決めて回ります。

一番大きいステージがOrangeテント(アルバム写真参照)です。テントそのものは観客席がないので小さいですが、テント前のスペースが広く取ってあるので、大物はだいたいここで演奏します。遠くから眺めているだけで十分な場合は、アルバム写真のようにピクニック気分で座って眺めていられます。テントのすぐ前で音楽を聴きたい場合は、専用入り口に並びます。人数制限があるので、早く並ばないとテント前に入れません。大トリのCOLDPLAYは、コンサート開始5時間前から、専用入り口に長蛇の列ができていました。

他のテントは、客もテント内に入れますが、やっぱり暑くて酸素が足りなくなってくるので、よほど好きなバンドでなければ、すぐ外に出られる後ろのほうで聴いているのが賢明です。

私は4日間でこれだけのバンドの音楽を聴くことができました。15時くらいにのんびりコンサート会場に行って、0時前後で撤収しても、これだけ聴けます。デンマーク国内で有名なバンド、世界的に有名なバンド、いろいろでした。

VOLBEAT
THE GASLIGHT ANTHEM
MEW
TRENTEMØLLER
MONO
FAITH NO MORE
NICK CAVE & THE BAD SEEDS
OASIS
KASAI ALLSTARS
OH NO ONO
AMADOU & MARIAM
SLIPKNOT
PET SHOP BOYS
SHATRIYA SYNDICATE
IDA MARIA
HANGGAI
EAGLES OF DEATH METAL
MADNESS
YEAH YEAH YEAHS
COLDPLAY

予想通りにいいコンサートだったのはMEW、一度も聴いたことがなかったけれどハマッたのはSLIPKNOT、歌、MCともに素晴らしいと思ったのは大トリのCOLDPLAYでした。

というわけで、総合的な感想は「来年も行きたい。」です。30代最初の夏に、とてもいい経験をさせてもらったと思っていますムード

ロスキレフェスティバル2009に行きましたの巻 第4回

今回は、フェスに来る人々についてです。

RoskildeFestivalが始まったのは1971年なので、客層はかなり広いです。若者から50、60歳代までいろいろです。夏はデンマーク各地で音楽フェスティバルがあるのですが、20歳代の若者ばかり、ファミリーばかりなど、ある程度客層が固定しているフェスが多いと聞いています。なのでこれは珍しいことらしいです。小さい頃に、親と一緒にフェスに行った人が、大人になって親子2代でフェスに来る、というのもよくあることだそうです。フェス最終日に近くなると、小さな子連れで参加する人が増えます。1日券で、日帰りで楽しむお客さんです。さすがに小さな子をつれて8日間キャンプはつらいですよね。

フェスの会場内を歩くと、実にいろいろな人に出会います。一番多く見かけるのは、柵や壁に向かって立ちションする男性ですが…。そのほかにも、全裸で歩く人、飛び切り目立つコスプレめいた服装で歩く人、人に水鉄砲を撃って歩く人…日常生活ではお目にかかれない格好の人を見かけます。もちろん大多数の人は普通の格好です。それにしても、変わった人がいても「ああ、いますね、フェスだしね。」という雰囲気で皆サラッと流すのはすごいと思います。ちなみに公式の名物イベントとして、「全裸ラン」が毎年催されています(笑)。男も女も全裸で走ります・・・。

中には、音楽を聴くのが目的でない人もいます。お金を稼ぎに来る人がいるのです。入場のためのアームバンドを1700DKKで買い、客が飲み終わったREFUNDの缶やカップを一日中拾い集めて、会場内の交換所で現金に換えるのです。1つ1DKKで、一日中集めれば1000DKK(2万円弱)くらいになるのでしょうか。8日間で15万円くらい?実際どのくらい稼げるかは分からないですが。この人たちは人がひしめき合うコンサートテントの中も歩き回って、足元の缶・カップを拾っていきます。しかもREFUNDにならないカップは絶対に拾わないので、ごみ掃除にはなりません。ひどい輩になると、酔って寝てしまった客のアームバンドをこっそり切り取って、外で待っているまだ会場に入れない家族に与える人もいるそうです。まとめて後でREFUNDに持っていくつもりで、テント裏にまとめておいた缶の袋も、心無い人に盗まれることがあります。私はこういう人たちに缶やカップを渡したくなく(こんなことを続けていたら、いつまでたってもまともな仕事につけないと思うから。)、かといってREFUNDにそのつどもって行くのも面倒だったので、水色のヤッケを着た人に渡していました。この人たちは、教会から派遣された、主に学生さんで、同じように缶やカップを集めています。ただし交換したお金はすべて教会に寄付、教会を通じてUNICEFや赤十字になどにお金が行くそうです。これは立派なアルバイトで、日給は出ませんが、16時間働く代わりに、教会から無料のアームバンドが支給される(つまり1700DKK分の給料)しくみになっています。

そのほかには、・・・麻薬をやったと思われる人も残念ながら見かけます。これはさすがに見ると皆ひきます。私も、おそらくそうだと思われる人を見ましたが、明らかに普通の酔っ払いとは一線を画していました。RoskildeFestival側は、もちろん麻薬は絶対容認しない立場をとっています。通報があればもちろん逮捕されます。

ひとつ、とてもいいなと思ったのは、何かトラブルがあったときは、まったく知らない人同士が、ちゃんと助け合うように行動する、ということです。誰かが怪我してしまったら、通りかかった人で応急処置したり。アームバンドを盗まれた人に、皆がお金をカンパして新しいアームバンドを買ってあげたり。買ったイチゴを知らない人にも少しおすそ分けしたり。これはたまたまではなく、毎年そういう雰囲気があると、フェスにずっと参戦している元ホストファミリーは言っていました。

また、このフェスでは、2000年に8人が亡くなっています。コンサート中に他の客に押しつぶされて圧死したのだそうです。その人たちの慰霊碑が、フェスの会場内にあります。そのとき、フェスが一切中止にならなかったのは、カウンセラー、心理学者の提言なんだそうです。中止にして一切を無くす代わりに、毎年続けて、その出来事に遭遇した人々が、新しく参戦する人々に、その悲しい出来事を語り継ぐようにしているのだそうです。
プロフィール

syltetoejsglas

Author:syltetoejsglas
はじめまして。syltetoejsglas (デンマーク語で「ジャムの瓶」の意)です。大学でジャム瓶を使って実験をしていたので、こういう名前です。
現在、デンマークでの大学院生生活を終え、プータロー生活を1年近く大満喫の後、日本帰国。4月から専門職で社会人復帰しています。
このブログは、デンマークなのにデンマーク人にすらデンマークと思われていない(?)デンマーク最北部での野趣あふれる生活を懐かしみつつ、私のいまだ不慣れな日本での日常生活を淡々と綴るものです。

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