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滞在4年

デンマーク滞在も4年が過ぎ、滞在5年目に入りました。

何でも目新しい、もう日本に帰りたくない、そういう海外生活特有の夢見がちな期間が過ぎ、デンマーク語がそれなりに分かるようになった頃、ちょうど滞在2年になるあたりでしょうか、デンマークの日常の嫌なところが目につくようになりました。それでも帰らなかったのは、デンマークの日常生活は嫌でも、大学は(ハードだったけれど)面白くてしょうがなかったからです。学んだことにつながる仕事もしてみたいと思いました。でも、ここに一生住むことは自分にはできないだろうなと思うようになりました。政治的に無理になったというのもありますが、たとえ政治的に無理じゃなかったとしても、冬鬱にならないよう全力で気をつける生活、美味しいご飯の無い生活、春夏秋冬のはっきりしない生活、高い山のない生活、家族に何かあったときにすぐに日本に帰れない生活、お茶や着物が習えない生活が一生続くのは、やっぱりつらいです。「世界一幸せな国」にいて、自分がいかに、「世界一幸せな国より幸せではないことになっている国」で幸せに育ったのかを思い知らされました。そして、嫌なものばかりが見える時期を過ぎると、嫌なものもだんだん落ち着いて、客観的に見えるようになってきて、良いものに目がいく余裕もできて、私にとっては、ここでの長期滞在はいろいろな意味で良かったのだと思えるようになり、今に至ります。

デンマークは、方向性は違いますが、日本並みに特殊さの際立つ国だと思います。なので、日本のマスコミなどがとりあげるような、何もかもが素晴らしい楽園のような国では決してないです。でも、学ぶべきことは多いです。数々の制度(ハード)の面でも、人のものの考え方(ソフト)の面でも。このことは、今より忙しくなくなった頃に、きちんとブログに書きたいと思います。私なりの滞在のまとめとして。

いま、11月中旬締め切りのPhDの募集に応募するため、某大学の教授にコンタクトを取っています。これはオープン型募集(指導教授をひとり指名して、その教授の監修の元で研究計画を自分でつくって応募するタイプの募集)なので、すごい競争率になるそうなのですが、私はダメもとで応募します。PhDの募集にも、他の求人募集と同じく、リーマンショック前ならありえないほどの人が殺到しているようです。実は、つい先日、9月1日締め切りの、某大学のクローズド型募集(指導教授も、研究プランも決まっていて、その研究プランに近い分野の人だけが応募するタイプの募集)の選考結果がきました。私はこの募集を8月31日に発見して、応募の練習でそれなりの書類をそろえて送っただけだったので、もちろん書類選考落ちでした。驚いたのが応募者の総数。「8つ」のポストに、「1100人」が応募したそうです。それで、選考に時間がかかりすぎて、今になって結果が来たというわけです。デンマーク人の学生も、会社への就職に苦戦しているのでしょうか。あと3つ、結果を待っていますが、いい意味で安心しつつあります。波乱の時代なのだから、PhDに選ばれなくてもこれはもう仕方ないと。学歴食い逃げ(=デンマークのお金で大学に通っておいて、卒業後はデンマークで働かず、たいした税金を納めずに帰国すること)しても、今ならデンマークは仕方ないと思ってくれると。もちろん、応募は一生懸命やりますけれど、なんとしてでもPhDにもぐりこまないと、というプレッシャーがなくなった、ということです。

この11月のPhDの応募がすんだら、次は帰国時期を決めて、それまでに荷物の軽量化と、ネットでできる限りの日本向けの就職活動をします。PhDを取れないと分かったらもう日本に帰らないと、日本でも仕事がなくなって、引きこもり街道まっしぐらです(引きこもれる場所があるだけマシですが)。お茶や着物を習いなおしたいというのも夢のまた夢になってしまいます。生きぬくために、引きこもりだけはなんとしてでも避けなければ。人間、切羽詰ると変に熱いです…。
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田舎の学校の現実

知り合いの学校の先生に聞いた話です。

私の住む町のコミューン(市)は、財政難のため、来月末から、27校の国民学校(日本の小学校と中学校を合わせた学校。義務教育機関。)のうち、11校を順次廃校にし、統合をすすめます。学校がなくなるので、先生もリストラされます。デンマークでは公務員のリストラは普通のことです。知り合いが勤める学校も廃校ではありませんが、小学校のみになり、中学校学年を教えている彼は、11月からどこで働くのか分からないし、ひょっとしたらこのままリストラかもしれない、と言っていました。逆に、私の家の近所の学校は、統合先になっていて、11月からは、最も遠いところで15kmほど離れたところに住んでいる中学生達がここに転校するそうです。

自転車で通っても片道1時間かかるのです。列車は走っていないので、おそらくコミューンがスクールバスを出すのでしょうが、遠くに住む子どもたちはやたら早起きしなければならなくなるのは確実です。バスに乗り遅れたら彼らはあっさり学校を休んでしまうでしょうし、学力低下に拍車がかからないか心配です。ただでさえ、ここ2年ほどの間に、うちのコミューンはどの学校も、先生をリストラしてぎりぎりまで減らし、授業時間数を減らし、高学年の子たちが午前中に学校が終わって家に帰るのも頻繁に見かけるようになったというのに。(義務教育でも、授業時間数はコミューンごとに違うのです…。これを知ったときは驚きました。)

でも、なんか納得いかないです。デンマークでは確かに大学まで授業料は無料、加えて大学などの高等教育機関に行く場合は、政府からも返済義務の無い奨学金が借りられる制度が整っています。でも、義務教育の段階で教育の絶対量が落ちていたら、学校へ行きやすい環境がなかったら、子どもは高校や大学へ行ってまで勉強しようと思えるのか、勉強しようと思う意欲があっても、成績が足りるのかと疑問に思うのです。前から「あるのでは?」と言われる田舎と都会の子どもの学力格差ですが、あるのが当たり前になるかもしれません。

それとも、この不況で、人の少ないところにお金を回すのは税金の無駄ということなら、仕方のないことなのでしょうか。何でも仕方ないと思えばそれで問題は存在しないことになりますが、本当にそれでいいの?と思います。

けっこう凝ってて使える、「Borgen」のホームページ

たいして理解できているわけではないのに、すっかり日曜ドラマ「Borgen」にハマッている自分です。

「Borgen」のホームページは、けっこうおもしろいつくりになっています。
まず、このドラマには、架空の新聞「EKSPRES」紙が出てきます。この新聞は、ドラマの主人公(首相のBirgitte)の政府のことをとにかく悪く書きます。なぜなら、主人公と先の選挙で争って負け、首相になりたかったのになれなかった、労働党の元党首Michaelが離党の後、この新聞の編集長になったからです。ドラマでは紙面の見出しがちらっと見える程度なので、記事の内容までは分かりません。

Borgenのホームページには、このEKSPRES紙へのリンクがあり、架空の新聞記事の内容がしっかり書かれているのです。ここを見れば、ドラマに出てきたあの記事はどういう記事だったのかがわかります。ドラマに直接出てこない記事もあり、それを読むと、その回のドラマの内容を補足してくれます。

また、別のリンクで、「BORGEN I VIRKELIGHEDEN」というコーナーがあり、ドラマの各回の内容に沿って、デンマークの「実際の」社会問題の背景や、政治の仕組みなどを解説しています。たぶん、小中学生にも分かるレベルで書かれているのだと思います。ここを読むと、デンマークの政治つながりの分野を、わりと平易な文章でかいつまんで知ることができるので、読み物としていい語学教材だと思います。しかも新聞記事のように長くない。語彙不足をあまり気にしすぎず、長文にひるまず、デンマークの難しいことが分かるというわけです。

私は、もともと田舎の学校で、低学年の子どもと接するインターンをしていたので、デンマーク語を話さざるを得なかった&デンマーク語をやると、デン英辞書を使うので、英語の力もあわせてつく、という理由でデンマーク語を続けています。が、デンマークに住んでいる方の中には、この先の生活のため、家族のためにデンマーク語を本気で習得しなければならない状況の人も多いと思います。私の経験上、語学学校のテキストブックと宿題をしっかりやれば、日常で自分の言いたいことをかなり話せるようになり、デンマーク人同士のざっくばらんな話は理解できるようになります。でも、PD3をとって語学学校を卒業して、日常の最低限の基本生活をデンマーク語ですることには困らなくなっても、ニュースを理解したり、デンマーク人同士の複雑な話を理解することはできませんでした。なぜなら、基本的な語彙を習得していても、デンマークの社会背景、カルチャー、最近の流行などをちゃんと把握していないので、どういう内容の話をしているのか「当たり」がつけられなかったのです。王室の話とか、政党の話とか、ある程度語学学校でも習いましたが、それだけでは全然足りませんでした。

「当たり」がつかないと、その話は最後までよく分からず、興味も半減、デンマーク人同士の会話を聞き流してひたすらボーっとしていないといけなくなります。ボーっとしている人を邪魔してはいけないと思うのか、はたまたどうでもいいと思っているのか、会話の輪から外れている人を、引っ張り込んでくれるデンマーク人は少ないです。ニュースも、毎日よく分からない、ということが続くと、見る気がなくなります。そうしてどんどん、デンマーク人との間に壁ができていきます。逆に、ある程度の「当たり」がつけば、その話に興味を持ち、本当に自分の認識であっているのか相手に問うたり、ニュースの内容なら後で新聞やネットを見て確認することもできます。そうしてまた、そのジャンルに興味を持ち、新しい語彙が増えて、ますます理解できるようになります。

昔、私の語学学校の先生が言っていた、「新聞や雑誌から一日一記事、しかもできるだけ短いのを、できるだけジャンルが偏らないようにして読みなさい。」というのは、こういうことだったのかな?と今になって思います。

風車の真下で考え事

今日も天気がよく、大学は秋休みでPhD関連のことは進展が無いので、自転車で散歩に行きました。農道を適当に走っていたら、農道のすぐ横に風車がある場所に出ました。まわっている風車の下では、どんな音がするのだろう?と思って、風車の真下に行ってみました。でも、鈍いブン、ブン、ブン…という音がするだけでした。風は結構強く吹いていたのですが…。風車の下はもっとうるさいと思っていたのですが、静かなものでした。耳栓もいりませんでした。 
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そして、うしろを振り返ってみると、野生の鹿が3匹、畑を駆け抜けていきました。田舎の遊びも、そろそろネタが尽きてきたなあと思う秋の日です。

時々、働く人に申し訳なくて、遊ぶのが後ろめたくなります。が、自分はまだまだ器の小さい人間なので、自分が近い将来また働き始めたとき、遊ぶ人を恨めしがらず、むしろ「思う存分遊んで来いや!」と応援できる人でいられるように、自分は今、遊べるうちに散々遊んでおこうと思うのです。変ですかね、この理屈。

では皆さん、よい週末を。

Rubjerg Knude

日本の、デンマークの旅行ガイドでは、北ユランはせいぜい最北端のスケーエン(Skagen)が紹介されている程度で、詳しいガイドでもオールボー(Aalborg)とフレデリクスハウン(Frederikshavn)が紹介されるにとどまっています。この3都市は、コペンハーゲンから列車でアクセスできるため、気合と滞在期間の余裕があれば、日本からデンマークに旅行に来て、その3都市まで行くことは難しくありません。でも、私が北ユランで最も面白いと思っている場所は、列車で直接アクセスできない西海岸沿いです。自然現象で出来上がった珍風景が点在し、デザインの国、おとぎの国デンマークのイメージをことこどく壊してくれます。

今日はその珍風景中の珍風景を紹介します。先々週の週末、天気がよかったので、うちから自転車で20kmほど行った先のRubjerg Knudeと呼ばれる場所に行ってきました。地図上の赤く塗りつぶしてある辺りがRubjerg Knudeです。ルンストップ(Lønstrup、地図A地点)という町のすぐ近くにあります。車でアクセスが最も便利ですが、列車でヨアリング(Hjørring、地図B地点)駅まで来て、そこからバスや、貸し自転車で10kmほど走ってもいけます。ルンストップまでまともなキオスクが無いので、自転車で行く場合は、水と食料はあらかじめ、ヨアリングで買っておくといいです。
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自転車で行く場合、途中から自転車道がなくなります。ルンストップは夏は結構な観光地なのですが、残念ながら自転車道がきっちり整備されていません。自動車は横を70-80km/hほど出して走っていきます。安全運転でのんびり自転車をこぐのがおすすめです。Rubjerg Knudeへは、まずルンストップまで行き、そこから標識に沿って南へ走るほうが、道に迷いません。 
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ヨアリングからルンストップへ向かう途中で、怪しげな砂山、Rubjerg Knudeが見えてきます。
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到着。この駐車場から歩くこと15分ほどで、怪しげな砂山の頂上に着きます。
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なんかもう、どこか別の国の砂漠の写真みたいですね。 
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砂山の頂上から見える風景。 
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家が密集しているところが、ルンストップの町です。
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反対側は海です。
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砂山をちょっと降りると、砂に埋もれた灯台があります。今は稼動していません。
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この砂山は、強風などで動いた砂と、海岸の浸食によってできあがったものです。その砂の移動と海岸侵食の勢いはすさまじく、ちょうど1900年に灯台ができたとき、この灯台は海岸から300mも離れたところに建てられたのに、いまや海岸のすぐ隣です。1980年代までは、この灯台のすぐ下にカフェテリアもあったのに、おしよせる砂の勢いが止まらず営業停止。いまは建物のレンガが灯台の足元に転がっているのみです。そして、2020年ごろには、浸食によって、この砂山も灯台もろとも海に飲み込まれるという予想が立っています。観光はお早めに。くわしくは、こちらのHPをどうぞ。なんだか、「諸行無常」という言葉がぴったりの場所です。

ところで、浸食で削られた砂はどこへ行っているかというと、一部はスケーエンのグレーネン岬でまた堆積しているそうです。つまり、スケーエンは年々「伸びている」のです。

おまけ…ルンストップのカフェでいただいた、手作りパイとビヤスク(=ジャガイモ焼酎にナッツやハーブなどを漬けて、長期間寝かせてつくるお酒)。ルンストップは絵画・陶器・ガラス細工のギャラリーや、隠れ家的カフェが多いので、私は結構好きです。 
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塀の向こう

10月15日、コペンハーゲンのカルチャーナイトへ行ってきました。
コペンハーゲンカルチャーナイトは、毎年10月に、コペンハーゲン市内のさまざまな施設(市役所、TV局、博物館、大学など)の一部が開放され、普段は入れない施設の中を見学したり、そこで働く人たちから話を聞いたりできるイベントです。夜17時からはじまるので、カルチャーナイトといいます。カルチャーナイト当日は、85DKKの参加バッジをキオスク等で購入すると、市内の列車とバスに無料で乗車ができ、コペンハーゲン市内の数箇所の施設をまわることができます。こういうイベントはオールボーなど、他の市でも開催していますが、コペンハーゲンのカルチャーナイトで見学できる施設は200以上。規模が格段に違います。それに、国立の施設を見ることができるので、私はこのカルチャーナイトには、遠方からでもわざわざ行く価値があると思っています。

今年は、コペンハーゲン大学のライフサイエンス関連の学部、警察博物館(ノアブロの旧刑務所跡地)、裁判所、Nytorvのコペンハーゲン刑務所を見学しました。

刑務所は、カルチャーナイトのなかでも人気のあるスポットで、毎年、入場するのに行列ができるそうです。みなさん(私もですが)、塀の向こうが気になるようです…。

寒空の下並ぶこと1時間半、やっと刑務所の中に入れました。この人口の少ないデンマークで、何かを求めて1時間半も並んだことは、これまで一度もありませんでした。
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中に入ってすぐ、刑務所長さんのお話がありました。思わずうなずいてしまったのは、所長さんの「私達の仕事は、「私達のお客たち」がもう二度とここへ戻ってこないようにすることです。」という言葉でした。なお現在、この刑務所に収容されている人の46パーセントは、外国人だそうです。 

階段にネットがついているのは、被収容者の転落自殺防止のためだそうです。
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被収容者が、看守を襲う目的で、ありあわせのもので作った武器の数々。写真の中の、ボールペンで作った武器の左にある、かぎ状の金具は、よく見たら洋服をかけるフックでした。その下の白いのは、電気コードで作られています。不謹慎ながら、見せていただいた係員の方に思わず「クリエイティブですね…。」と言ってしまいました。 
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これが被収容者の個室です。見せていただいたのはもちろん空室ですが、実際に被収容者がいる部屋と同じつくりだそうです。 
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武器の展示を説明してくださった方は、実際に看守の経験もある方でした。私は、「刑務所の仕事の中で、何が最もハードな仕事ですか?」と伺ってみました。その方は「全部です。どれもハードです。たとえば、被収容者がこういう武器で襲ってくることもあり、常に被収容者を疑っていなければならないことは、とても精神的につらいです。メンタルの管理もハードな仕事のひとつです。」と話してくれました。
 
価値ある体験をした一日でした。カルチャーナイトは毎年10月中旬に開催されるので、来年のそのころコペンハーゲンに旅行に行かれる方は、参加してみてはいかがでしょう。85DKKでは安すぎるくらい、面白い体験ができると、私は思います。

ひょっとしたら「Borgen」が日本で放送されるかも?

今週は日曜ドラマ「Borgen」を見逃したので、これから再放送分をみようと思ってテレビをつけたら、テキスト放送にこんなニュースが。

http://www.dr.dk/Nyheder/Kultur/2010/10/19/101902.htm?rss=true

Norge er allerede gået i gang med at vise ’Borgen’ mandag aften, og Island har netop købt serien af DR.Derudover har Frankrig, Belgien, Italien, Letland, Japan, Holland, Rusland, Canada, Tyskland og Sydkorea bedt om at få serien "Government", som den hedder på engelsk, til gennemsyn.(以上、上のリンク記事より引用)

ノルウェーはすでに「Borgen」の放送を開始、アイスランドもこのドラマを買ったそうです。ほかにも「Borgen」の放送を検討し、DR(Borgenを放映しているデンマークの放送局)に問い合わせをしている国がたくさんあるようです。日本もその中に入っています。ひょっとして、近いうちにこのデンマークドラマが日本で放映される日が来るかもしれません。このドラマ、登場人物のかけひきが面白いのはもちろんですが、「政治なんて所詮、おっさん同士の金の取り合い、騙し合い…。」とがっくりきている今の日本で放映したら、じわじわヒットすると思います。

アプリケーション提出。

先週の木曜日、無事に、本命のPhDの募集に対するアプリケーションを送りました。その後、息抜き&ごほうびに、金曜から日曜にかけて、コペンハーゲンで遊んできました。カルチャーナイトで刑務所の中を見学したり、知り合いになった日本の方に、大学の中を紹介してもらったり。面白い体験ができました。お付き合いしてくださった皆さん、ありがとうございました。

さて、今回のアプリケーション提出で、これは問題だろうと思ったことがひとつ、ためになったことがひとつありました。

問題だろうと思ったことは、日本の大学の成績評価基準のことです。今回のアプリケーションを送る際、送り先の大学が、学士・修士時代の成績評価を、デンマークの成績評価スコアに換算しなおして、その平均スコアの申告を求めていました。(注:EU圏内の大学は共通の成績評価基準を持っています。デンマークはその評価基準と別に、独自の評価基準を持っています。)そして、アメリカの大学、EUの大学の成績評価基準から、デンマーク式成績評価基準への換算方法が示されていました。私の場合、修士はデンマークでとっているので問題ないのですが、学士は日本の大学でとっているので、成績を換算しなおす必要がありました。そこで、母校に連絡を取って、成績システムがどうなっているのか、換算表があるのか等を伺いました。驚いたことに、成績評価基準は入学年度によっても違い、大学ごとにも違い、アメリカやEUの成績評価基準に換算する方法も用意していない、とのことでした。私はもう学生にしてはけっこうな年なので、自分の入学年度の成績評価基準が、現在のそれと異なるのは当たり前だと思っています。が、「大学ごとに違う」というのはどういうことだと思いました。これは、日本では国立大学間ですら、統一の成績評価基準を、これまでずっと持っていなかったということでしょうか。これでは私のように、外国の大学院へ進学しようとして困った人もいるでしょうし、そもそも新卒の学生が日本の会社に就職する際も、会社は評価基準の違う成績表を見比べて、採用者を決めていることになります(そもそも成績なんぞ見ていないかもしれない)。では一体何のために成績をつけているのでしょうか。英語を話す云々の前に、もっと簡単にできる国際化があるよなと思いました。今回はしかたなく、私は学士の成績が換算不能な理由を文書にし、修士の成績だけを申告しました。

ためになったことは、アプリケーションの一部として、自分で研究アイデアを出し、おおまかな研究計画を立てて、それをA4・2ページ分にまとめる作業です。前回の記事に書いたとおり、デンマークの大学では、博士課程の学生は「学生」と呼ばれますが、実際は「新米研究者」のあつかいです。研究テーマがすでに与えられていたとしても、そうでなかったとしても、3年の博士課程の中で、独立して研究を進めていく姿勢が重要です。私は、まず応募先でスーパーバイザーになってもらいたい教授を選び、連絡を取って、その教授の研究フィールドに関するホームページのアドレスを教えてもらいました。そこを見て、私の研究したい分野(土壌)の研究がどれほど進んでいるのか、どんな研究がこの先求められるかを調べた上で、まず自分の研究の先の一番大きな目標=一生かけて追求するサイズの目標(例、作物の収量ができるだけ多くなるような土壌の条件を解明して、飢餓をなくす。)をたて、その目標を達成するために何を研究しないといけないか考え、さらにその研究をするために何の小研究をしないといけないか考える…という具合に、どんどん研究対象を小さく、具体化していき、3年で結論を出せるサイズまで掘り下げました。3年で結論を出せるサイズがどのくらいのものかは、過去のいろいろな人の博士論文の目次を見て、感覚をつかみました。4日間ほど、うんうん唸って、たまに外を散歩したりしながら考えぬきました。アイデアをだしたら、そのアイデアを実際に行動に移すために具体的な方法を考えるのですが、これは、アイデアが出た段階でするすると思いついたので、あまり苦労はしませんでした。こうして計画表が出来上がり、修士時代の教授にも見てもらって、「いいねー。」と言ってもらいました。とはいえ、教授は、私がどんなアイデアを持ってきたとしても、きっと「いいねー。」と言ったと思います。これは私がやる研究で、教授の研究ではないからです。採用されるほどの研究アイデアかどうかは、最後は自分で推しはかるしかないのです。ともかく、締め切りの金曜日のぎりぎりまでかかると思っていたアプリケーションは、なんと木曜の午後には提出できてしまいました。

このアプライの結果を待ちながら、あとひとつ、来月締め切りのPhD募集を見つけたので、それに応募して、もう私のPhD探しは終わりでいいかなと思っています。これで、どこかに採用されたら儲けもの。採用されなければ日本に帰ります。1年間だけのデンマーク生活のつもりが、修士課程に行けてしまうわ、自動車免許を取るわ、さわやかニート生活を送るわで、気がつけばまもなく4年になろうとしています。正直なところ、デンマークの暮らしそのものには疲れました。田舎暮らしに疲れたのではなく、自分のことを常に大切にすることを、半ば「強要される」生活に疲れました。このことは、私の頭の中でうまくまとまっていなくて、まだこの場でうまく伝えることができません。それに、日本を外から見ていると、典型的な田舎オバちゃん気質の私はイライラします。微力ながら私の力が、どこかで役に立たないものか?と思うことも多い昨今です。なのでPhDという、先立つ魅力的な目標もなくなったら、もう帰ってもいいだろうと思っています。帰ることになると、出会った人たちとの別れだけがつらいですが…。

人事をつくして、天命を待ちます。どういう結果になっても、それが自分の進む道なんでしょう。

デンマークの博士課程 その2

さて、前回の続きです。

大学の奨学金に応募する場合は、各大学のHPの求人情報コーナーに、だいたい博士課程の募集もあります。主に、おおよその研究内容が決まってしまっているものと、研究分野のみが決まっている募集があります。前者はもう研究内容が決まっているため、自分で研究テーマを決める必要はありません。後者は自分で研究テーマを決め、応募書類と主に簡単な研究計画書を提出する必要があります。当然後者のほうが、専攻のかぶり具合を気にする必要が無いため、応募者が多くなり、競争率が高くなります。私は、ヨーロッパのいくつかの大学の、前者型の募集のうち、専攻分野が自分とできるだけかぶっているものに応募しました。そして最近、後者型の募集をひとつみつけ、応募について私の元指導教官と、先週末に話をしてきました。

いたってシンプルな話でした。
教官「アイデアも、研究テーマも、研究計画も、仮説も実験計画も発表内容も、全部自分で決める。それが博士課程在籍者の仕事。」

私 「えええええー!アイデアがあっても、それを3年でやり切れるかなんて、私に予想がつくかどうか・・・。」

教官「だから、そのアイデアを、3年でやりきれるサイズに調節して、テーマを具体化するのも、博士課程在籍者の仕事。」

雲をつかむような話なので、適切なサイズというのがどういうものか具体的に分かるよう、教官は私に、過去の博士課程学生の論文集をくれました。

教官「3年でできそうなサイズで、応募先の教官の研究対象ともリンクしていて(リンクしてなければ指導教官は指導のしようが無いから)、なおかつ独立してやっていく姿勢がみられる研究計画案を出した人に、ジョブインタビューは必ず来る。」

…とんでもないことをやろうとしていますが。でも、ここまできたら諦めずに応募します。この応募作業を通じての思考作業は、たとえどこにも採用されずに日本に戻ったとしても、仕事をする上で必ず宝になる作業だと、私は思うのです。締め切りまであと2週間。とはいえ毎日、他にやることは食う寝る以外にありません(笑)から、しっかり集中します。ブログは一時閉店します。終わったらコペンハーゲンカルチャーナイトに乗り込む予定なので、在コペンの私の知り合いの方々、遊んでください。では。

デンマークの博士課程 その1

最近の私は、企業への就職は完全に諦め、PhD(大学院博士課程、以後、博士課程で言葉を統一します。)のアプライのみに絞って活動しています。とはいえ、博士課程のアプライも、デンマークではある意味求職活動です。

この博士課程、日本の博士課程と似て異なる部分が相当あり、私はアプライどころか、まず自分の博士課程に対する考え方を変えるのに苦労しました。

デンマークの大学で博士課程ポジションに進む場合、主に次の4つの方法があります。

1.大学の出す奨学金に応募し、それをゲットして進学
2.企業が出す奨学金に応募して、それをゲットして進学、もしくは企業に勤めている人が、企業から給与をもらいながら、大学の博士課程にも在籍する
3.大学以外のどこかの機関の助成金や奨学金をゲットして進学
4.授業料と生活費をすべて自費でまかなって進学

1が一番多く、2、3はそこそこいて、4は極めて稀です。そもそもデンマークの大学は、EU加盟国からの学生の学費は無料です。また非EU国からの学生に設定されている年間の授業料は、日本の国立大より高く、とても学生がちょっとアルバイトして払える金額ではないです。なので大学側も、何らかの奨学金をとって入学することを推奨しています。なお、1の場合は授業料は無料、さらに大学から給与が出ます。2の場合も、企業から給与が出ます。学費は企業払いか、大学払いか、折半かはケースバイケース。3は、どこの、どれだけの額の奨学金を得るかによって、生活費も学費もケースバイケースです。

私がねらうものは1です。3もはじめは考えていましたが、今は諦めています。というのは、どこの奨学金も、だいたい半年~1年支給のものばかりで、博士課程の3年分全部をカバーできません。そのため、必ず在籍中にビザの取得に支障が出て、研究に支障をきたすからです。つまり、次々と奨学金をとっていかないと、収入がないことになってビザがおりず、研究打ち切りで退学して帰国もありうるということです。私は研究もして、さらに奨学金のこともビザのことも考えてなんて、器用なことはできません。そこまでリスクを冒して研究したいか?と自分に聞いたら、答えはノーでした。これなら早く日本に帰って、普通に仕事を探したほうがいいです。

話を1に戻します。1は、日本の博士課程に比べたらずいぶん美味しい話に聞こえますが、これは、博士課程の人に対する、大学側のスタンスの違いからきているようです。日本の大学は、博士課程の人は「学生」であり、学びに来ているのだから授業料は自分で払いなさい、というスタンスです。デンマークの大学は、博士課程の人は、大学という名の企業の、「研究職に就いた新米社員」です。新米でもいちおう社員なので、給与も当然もらえるのです。ですので、修士課程までは学生ですが、博士課程からは社員。就業規則があり、食事も学生食堂ではなく、社員食堂(=教授やポスドクの人用の食堂)でとっていいのです。 もちろん産休や育休も取れます。

それでも、スタンスが違ったって、やることは日本の博士課程と同じなら、やっぱり美味しい話に聞こえます。ところが、やることも日本の博士課程と全部同じではありません。(とはいえ、私は日本の大学の内部の事情は、ひとつの大学しか知らないですし、それも10年も前のことなので、今の事情はどうだか分かりません。このへんについてはコメント歓迎です。)まず、授業、実験アシスタント、学士・修士課程の学生の論文指導、試験のジャッジなどが仕事に入ってきます。これらの仕事と並行して、学会へ出席・発表したり、自分の研究を進めて、3年で、3本以上のペーパーと、1本のサマリー論文を書き上げ、認定される必要があります。認定され、所定の口答試験をクリアすれば、晴れて博士号取得です。博士号を取って、一人前の研究者になるように新米社員をトレーニングしていくのが、指導教官の仕事です。

その2に続きます。





プロフィール

syltetoejsglas

Author:syltetoejsglas
はじめまして。syltetoejsglas (デンマーク語で「ジャムの瓶」の意)です。大学でジャム瓶を使って実験をしていたので、こういう名前です。
現在、デンマークでの大学院生生活を終え、プータロー生活を1年近く大満喫の後、日本帰国。4月から専門職で社会人復帰しています。
このブログは、デンマークなのにデンマーク人にすらデンマークと思われていない(?)デンマーク最北部での野趣あふれる生活を懐かしみつつ、私のいまだ不慣れな日本での日常生活を淡々と綴るものです。

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