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さよならデンマークその3 CPRナンバー制度のこと 2

前回の補足

昨日少し書いたNEM IDですが、今日実際に自分で正規登録して、使ってみて分かりました。ネット銀行とネット確定申告のIDの統合だけでなく、その他公的なサービスで個々に設定されていたログインIDを、このNEM IDに統合できます。一部のプライベートなサイトのログインIDも統合できます。NEM IDの番号とパスワードだけをしっかり管理すればよくなるので便利です。
NEMIDのホームページ
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CPRナンバーは、私のような外国人登録者で、デンマークを出国してもう戻る予定がない場合も、出国後10年間は私の番号として保管されます。10年以内にもう一度デンマークにもどって住む場合は、同じ番号がまた使えます。

CPRナンバーで、個人のデータを紐つけして管理するのは、データ管理のやり方としてもすごく理にかなっていますし、少なくとも、戸籍で家族を管理するより、CPRナンバーのような個人番号で、個人を管理する制度のほうが、ずっと効率いいと私はおもっています。個人番号制では、大雑把に言えば、ある人が誕生した時と、死亡した時に、特にデータがしっかり管理できればいいですが、戸籍制では、家族でひとつのID番号を持っているようなもので、人が結婚、離婚、養子縁組などで戸籍を移動するということは、その人が持っている家族ID番号が随時変わるということです。人によっては、個人を特定できる番号自体が、生きている間に何度も変わるわけです。当然、付随してくる個人データも不安定になりやすいです。昨年夏のような、生存不明のお年寄りや、小学校の入学案内が来ない子どもや、年金記録のミスなどが出やすい制度だと私は思います。家族がまともか、そうでないかにかかわらず。

昨年夏、私は日本に一時帰国していて、100歳以上のお年寄りが生存不明というニュースを毎日のように見ていました。あの問題を、マスコミは家族の連帯感の問題で片付けていたのが、私にはすごくバカバカしく思えました。連帯してない家族をもつ人のデータは管理しきれない役所のシステムと、そのシステムを見直さないで使い続けてきた役所の怠慢のほうがむしろ問題でしょうよ。家族全員が全員仲良く一つ屋根の下に住んで、お年寄りをしっかり面倒見られる家族の方が、今時珍しいのに。

それに、別のところに一度書きましたが、日本で、夫婦別姓を求めて裁判を起こした人のニュースが少し前にありました。これも個人番号制なら、結婚後に夫婦同姓でも夫婦別姓でも、個人番号自体は変わらないので、姓の選択は本当に個人の自由になって、裁判を起こすまでもなくなるのにと思いました。同姓にしなければならないのは、戸籍を同じくするメンバーが別姓だと、データ管理する側が都合悪いからですよね?夫婦の連帯感の問題や、結婚した実感を得る得ないとか、男尊女卑の問題ではないと私は思うのですが。別姓夫婦の間の子どもの姓も、20歳になったら好きな方を本人に選ばせればすむ話。

なにより、日本では個人を特定する個人番号がないので、戸籍謄本か抄本でないと、自分が何者なのか確実に証明できず、普段は車の免許くらいしか、毎日携帯できる確実な身分証明証がないのが、いちばん不安です。パスポートは持ち歩きたくないですし、そもそも全員が持てるわけではない自動車免許やパスポートでないと、自分を証明できにくいことに、何か違和感を覚えます。

学生証のない、小学生以下の子どもはどうやって身分を証明したらいいのでしょうか。小学生だって、小学生の世界で身分証明しないといけない機会があります。例えば、成長が早くて身体が大きく、子ども料金で電車に乗ろうとして、駅員さんに間違って怒られる子がいます。どうやって自分が小学生だと「その場で正式に」証明したらいいでしょうか。

一方、成人している私は、今現在、日本の自動車免許も、健康保険もないです。このまま日本に戻り、仮に、免許切替も住民登録も故意にしないまま過ごし、パスポートの有効期限が切れたら、私はやはり戸籍抄本でももらってこないと、何も自分を一発で確実に証明するものがないのでしょうか。年金手帳・・・? 個人番号証のような、年齢に関係なく、自動車運転に関係なく、国内にいても外国に出ていても、ちゃんと自分は日本人の誰某であるという証明が一発でできるものがないと困ります。話が身分証明と戸籍制度への批判になってしまいましたが、こういう、日本にいたら当たり前の制度への疑問は、日本からいったん外に出てみないと感じにくいでしょうね。

私はまもなく日本に帰ります、きっと、生活に適応するために、相当リハビリが必要でしょう。例えば、上の人に忌憚なく意見したり、自分の判断を優先にする姿勢は、日本では時に大きなマイナスになります。リハビリは絶対必要ですが、リハビリをしつつも、外の世界で培った、外国人としての対人コミュニケーション術や、外の世界から感じた、日本への疑問・日本の意外ないいところ等々は忘れずに、次なる人生のステージへ生かしていこうと思います。

ブログはこれでいったん閉店します。日本での生活が落ち着いたら、再び開店します。私が愛したロスキレフェスティバル2010のことも結局書けていないですし、集めたビールラベルコレクションも紹介したいですし。あ、資金と時間の目処がついたら、ロスキレ2011に乗り込んでいってしまうかもしれません…IRON MAIDENも来るというし…。

それでは、読んでくださった皆様、コメントをくださった皆様、本当にありがとうございました。しつこいですが、北ユランには、都会では知ることのできない別のデンマークがあります。あなたのデンマーク観が、いい意味でも悪い意味でも刺激される場所です。北欧を旅行する際はぜひ足を運んでみてくださいね。
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さよならデンマークその3 CPRナンバー制度のこと 1

帰国まであと2週間、会っておく人に会い、いろいろな手続き関係を済ませ、紙媒体の荷物をできるだけスキャンして減らし、荷物をつめる作業が続いています。

ひとつ、ブログを書くモチベーションが下がる前にどうしても書いておきたいことがあります。私はデンマークが格別大好きでも大嫌いでもなく、日本とは別のいい面があり、日本とは別の問題を抱えている、ひとつの国だと思っていますが、これだけはスゴイ!と思うことがあります。それは、各人のいろいろな登録を、CPRナンバーですべて紐つけしていることです。

CPRナンバーとは、デンマーク人と、デンマークに合法的に長期滞在する人に与えられる、個人ID番号です。外国人の長期滞在者の場合、ビザが下りて、デンマークに入国後、居住地の役所で住民登録すると、このCPRナンバーがついた黄色いカードをもらいます。これが、デンマーク国内での健康保険証兼身分証明証になります。小さな子どもからお年寄りまで、必ずこの身分証明書を持っています。(そういえば日本人って、免許を取るか親の扶養を抜けて健康保険に入るまでは、パスポートをとる以外に個人の強固な身分証明証がないですよね?)

そして、家を借りるにも、銀行口座を作るにも、携帯電話を申し込むにも、免許を取るにも、学校に入るにも、会社で働くにも、とにかくこのCPRナンバーを公開する必要があります。

これを繰り返していくと、各個人の国内でのデータ、つまり所属先、登録したもののデータが、CPRナンバーで関連づけられることになります。逆に言えば、私のCPRナンバーから、私がどこに住み、どこに銀行口座を持ち、どこの携帯会社と契約して、何年から何年までどこの大学にいて…ということが、すべて分かってしまいます。

こう書くとなんだか、国に自分の情報が全部ばれているという面が強調されてしまい、嫌悪感を抱く方もいるかもしれません。しかし、自分の情報は、隠そうとしても多かれ少なかれさらされるわけで、どこまでさらされているか自分で把握できなかったり、情報を隠すことによって、自分の情報に妙な価値がついて、裏で高値で取引されたりするくらいなら、思い切りばれている方がいいじゃないかと私は思うのです。国に情報がばれていても、私はとくに迷惑をこうむったことがありませんでした。自分が悪いことをしなければいいのですから。

むしろ、この制度のおかげで、いろいろ面倒くさいことを省くことができていました。例えば、運転免許証の更新。私は2009年に自動車免許を取得しました。有効期限は満70歳の誕生日です。それまで40年近く、まったく更新しなくていいのです。40年も何もしないなんて恐ろしいですが、そもそも免許の更新は、事故が起こらないようにするためのもの。健康で運転に支障がなく、実際に無事故の人がわざわざ5年おきに更新をしなくても、ちゃんと問題なく車を運転するので、それでいいという考えなのでしょう。あとは全員5年更新制だと、処理に関わる人の人件費が高くつくので、無駄な人件費を削減する考えもあると思います。一方、例えば運転に影響する持病があったり、免許取得後に、怪我等で身体にハンディを負った人、頻繁に事故を起こす人などは、特別に、もっと頻繁に更新作業をし、個別に詳しく調査されて、車の運転が続けられるかの判断を受けます。免許センターは、CPRナンバーによって、誰が更新の該当者なのかが分かります。上で述べたような、持病がある人、身体的ハンディを負った人は必ず病院にいくので、病院の診断を通じて、免許センターに情報が送られます。事故を起こした人は必ず警察のお世話になるので、警察を通じて情報が送られます。

もうひとつ、確定申告をする時に驚いたことがあります。申告のひとつに、Koerselsfradrag(直訳語がないので、「交通費控除」と訳しておきます。給与をもらって働く人が、家から職場までの距離が一定距離離れている場合に、かかった交通費から税金が控除されるというもののようです。)というものがありました。それを申告した時、証拠提出の必要が全くなく、ネットで30分もしないうちに申告が終わり、数週間後に銀行に還付金が振り込まれていました。

私は日本で確定申告をしたことが何度かありますが、とにかく、証拠をすべて提出しないといけないのが面倒くさかったです。例えば、医療費控除のために、いちいち病院と薬局からの領収証を何十枚も全部添付しました。短期の派遣社員であちこちで働いていた時は、源泉徴収票を何枚も添付しました。こんなかさばって、添付物もまちまちな書類がたくさん届いて、職員はこれをいちいちチェックするのかな?と思うと、あまりのシステムの効率悪さにむなしくなりました。職員は効率悪いと分かっている仕事をクタクタになるまでやらされて、税金が職員の給与になって、そんな仕事の給与をもらう方も払う方も、うれしくないじゃないですか。職員の仕事を減らしてあげるために申告しない、となったら完全におかしな話ですし。

さて、話を交通費控除に戻します。私は大学院生時代、2年間、大学から奨学金(これが給与扱いになりました。SUだと該当しません。)をもらい、家から片道60km先の大学まで、定期券を使って列車で通いました。控除を受けるのに、大学の在学証明書も、奨学金をもらっていることの証明書も、定期券の領収証もいりませんでした。もうお分かりのとおり、税務署は私のCPRナンバーで、私が大学院に在籍し、家は60km離れており、奨学金をもらっていることを確認できたからです。おまけに、銀行口座も確認できるので、口座指定する必要もありませんでした。書類ごとに口座番号を書き込むと、自分の書き間違いや、相手が書類を読み間違えて、振込みミスが生じることがありますが、それもできるだけ防げるでしょう。

余談ですが、私は学生だったのに、定期券を学割で買えませんでした。一方、デンマークにはSUという無返済奨学金があり、これをもらっている人は学割で定期が買えます。アンフェアだなと思っていたのですが、還付金が来た後、実際に自分が払った定期代はいくらになったのか調べたら、学割料金とほぼ同じになりました。そのかわり、SUをもらっている人は、この交通費控除が申請できないのです。うまくできているのですね。SUは多くのデンマーク人学生がもらうものなので、交通費控除を申請不可にすれば、その分税務署の仕事が減らせるわけです。

ちなみにデンマークの確定申告は、さかのぼっての申告が原則できません。2010年分は2011年の締め切り日までに申告しなければアウトです。この辺りにも、無駄な仕事は徹底的に省く姿勢を感じます。

最近、NEM IDという制度ができ、税務署の確定申告関係に使っていた個人ID番号と、個人の銀行口座のネット銀行のID番号が統一されました。私はこれによって、どんな効果があるのかまだ分かりませんが、CPRナンバーで個人の銀行が特定できるからこそ、こういう、税務署と銀行という異分野同士が、素早くタッグを組むことが可能なんだろうなあと思います。

長くなるので次回に続きます。

ゆきだるま

昨晩また雪が降りました。
今回の雪はずいぶん湿った雪だったので、雪だるまが作れました。こんな大きな雪だるまを作るのは何年ぶりでしょうか。
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今日はまた、気温がプラス2度まであがったのと、週末でおおよそどの家も、雪かきをしっかりやったのとで、歩道は歩きやすくなりましたが、車道は相変わらず、前から蓄積している氷が張ったままです。写真のような、素晴らしく滑って転び放題のつるんつるんアイスバーンになっているところもちらほら。これは、もう氷が厚すぎて、はがせません。もっと気温があがって融けるのを待つしかないでしょう。
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さよならデンマークその2 学校のこと

主に、インターンシップ活動を通じて覗いた、デンマークの小中学校教育のことをまとめて書きます。もちろん、学術的に調査したわけではなく、私の感じたことを書くだけですので、意見が全く異なる人もいるかと思います。

デンマークの小中学校は、日本の小中学校に比べて授業時間数が少なく、宿題が少なく、休みが多いです。学校運営の部活動やクラブ活動もありません。なので、小中学校の先生は、授業という仕事により専念でき、先生の前にいち労働者として、労働基準にのっとって仕事をしているという印象を持ちました。先生たちは、終業時刻の14時になればしっかり家に帰りますし(もちろん家で残業をしていますが)、自分が病気の時や、自分の家族に何かあったときはきっちり休みます。授業時間が少ないのは、市の財源が乏しくて、雇える先生の数に限りがあるからです。授業時間数を減らさないよう、少ない先生でたくさんの授業時間を持つという発想はないみたいですね。

逆に、先生の負担がそれだけ少ないということは、親側の負担は日本の親より大きいのではと思います。塾がないので、子どもが勉強でついていけなければ親が教え、スポーツをやらせたければ、地域のスポーツクラブに自費で子どもを入れる必要があります。長期休みの間も学校でプールがあるわけでもラジオ体操があるわけでもなく、子どもがずっと家にいるわけです。まだ手のかかる、小学校低・中学年の子どもがいる親は、妻と夫が協力して、まんべんなく有給をとらなければ、子どもの世話ができない状態ではないでしょうか。ちなみに休みは、夏休み約40日、秋休み約10日、クリスマス休み約10日、冬休み約10日、イースター休み約1週間です。

授業の絶対時間が少ないので、教える内容の絶対量も少ないです。知識量だけで比べれば、日本の子どもの方が確実に知識は多いはずです。それに、日本の子どもの方がいろいろなことを広く浅く学校で学んでいます。例えば、縦笛を全員がそれなりに演奏できたり、水溶性ビタミンの流出をできるだけ防ぐようにサラダの調理をするというようなことは、デンマークではまずありえないことです。

ただ、ひとつ、デンマークの学校教育で光っているなと思うのは、自分の持つ知識や経験を、(その絶対量が少ないとしても)いかにして現実の生活に活かしていくかを考えることに重点を置いていることです。縦笛を吹く技量があったとして、ではその力を活かして、例えばどうやって人を喜ばすか、どうやってお金を稼ぐか…という、もっと総合的な思考です。

私が見た、小学校5年生での英語の授業に、自分の友達・家族・ペットについて英語でパワーポイントを作って英語で皆の前でプレゼンをするというものがありました。"This is my cat. The cat is a girl. Her name is XX..."というような、簡単な文章です。実際に作ってみると、いろいろなことを考えさせられます。例えば、文章を作るうえで、知らない単語は自分で調べないといけません。自分が今使いたい単語だけに、ただ教科書を読んで習う単語より頭に残りやすいです。どう表現したらいいか分からないことも先生に聞いたりネットで調べて、口頭で説明するには文章が複雑すぎる部分には絵や写真を入れよう…という具合に、ただ英語を、知識のひとつとして詰め込むのではなく、効果的なプレゼンの仕方等も考えながら実際に活かすことを要求されました。これは、実際に大学で学んだり、企業で働く際には必要な力です。

理科の授業でも、中学3年生の卒業試験は、机の上においてあるありとあらゆる実験器具を用いて、「××のことを調べるために、実験装置を自分で考え、実験し、データを取って、結論を出しなさい。」という、研究の基礎的な流れを自分でつくりあげるようなものがあると聞き、「日本の中学生にやらせてみたい!!」とワクワクしました。

もちろん、これらの授業に、全員がついていけるわけではありません。そつなくこなす子もいれば、全然こなせない子、全く興味がなくて教室を出て行く子もいます。ある教科では力を発揮しても、他の教科では全くダメという子もいます。では、まんべんなく、そつなくこなせない子は将来がない子なんでしょうか。

私の元ホストファミリーは先生で、ちょうど昨年、財源不足で市の学校の統廃合が決まった頃に話をする機会があったので、思い切って聞いてみました。「私は、デンマークの学校は、統廃合の前からすでに授業時間が少なすぎると思っていた。大学生と話していても、例えば日本人は中国語を話すと本気で思っている人がいたりで、知識の絶対量が少な過ぎるだろうと感じていた。でも、現実の生活につながるような、ものの教え方はすごくいいと思う。でも知識が少なければ、いくら考えることに長けていても行き詰まってしまわないの?それに、考えることすら興味がもてない子もいるでしょう?知識もなければ考えることもしないで、そういう子は放っておいてこの先ちゃんと生きていけるの?」

「大丈夫。」というので、詳しく聞いてみると、その発想の違いに驚きました。

「まず、知識が乏しくて、なにかいい考えがあるなら、自分でその分野の知識をつけようと努力する。もしくは、すでに知識がある人を探す。自分に知識がなかったとしても、人とタッグを組んで、結果を出せたなら、それは「有能な人を探せる」という、その子の力。勉強は全くダメで、興味を持たなかったとしても、例えばバイクをいじるのが好きなら、それで稼いで生きていく方法を考えることはできるはず。」

…結局、知識があって、いろいろなことが広く浅く、そつなくできても、それを活かす方法を考えられないより、何かひとつでも(それが学校の勉強でなくても)興味があって、それを活かす方法を考えられるほうが、デンマークでは重要なのかもしれません。たしかに社会に出てしまえば、使う能力は限られて、縦笛なんかそれこそふけてもふけなくても関係なくなるわけで、自分がバカの一つ覚えのごとく磨き上げた能力だけを使うほうが、効率はいいですよね。日本の社会は、どの場面でも求められるハードルが高いので、なんでもそつなくこなせる力が重要になりますが。

そう考えると、デンマークではプロフェッショナルな仕事についていながら、書類をなくしたり、ものを破損したり、期日までに間に合わなかったりする人が大勢いるのもなんか納得いきます。たぶんそういう人は、何か他のことには長けているけど、広く浅くそつなくはできない人なんでしょう。そして、そつなくできない人が多い分、失敗はおたがい様で社会が回っているような気がします。書類をなくされた時は、失くしたことに怒るより、失くさない方法を何かひとつ教えてあげる方がいいのかもしれません。

そつなくこなせて知識が豊富、でも自分で考えることはどこか苦手な日本人と、知識はイマイチだけどアイデアマンが多いデンマーク人がコラボすれば、何か面白いことが起こるのにと思いつつ、どちらも閉鎖的な傾向があるので、それはまだまだ夢ですね。

さよならデンマークその1 北ユランについて 2

北ユランは、住むには覚悟がいる場所なわけですが、観光で訪れなければもったいない場所です。半年でも1年でも、デンマークのどこかに長期滞在する予定があるのでしたら、北ユランに来なければもったいないです。オールボーで疲れて引き返さないで、そこからさらに北へ向かってみてください。意外かもしれませんが、コペンハーゲンから、大田舎のうちの最寄り駅まで、ちゃんと列車が直通でつながっているのです。コペンハーゲンからうちまで片道6時間、スケーエンまでなら7時間かかりますが、それだけの時間をかけても来て損はありません。

ただ、列車で7時間は、列車好きでもなければつまらないですよね。デンマークの列車は、道中の景色がすごくいいわけでもないです。時間をかけてわざわざ行く先が、右も左も分からない田舎というのも、モチベーションがあがらないかと思います。 ですので、北ユランへのアクセスには、デンマークから直接行くよりも、まずノルウェー・スウェーデンに旅行に行き、そこからのフェリー航路でサクッと立ち寄るルートをオススメします。実は北ユランはフェリー航路が豊富で、コペンハーゲンからよりも、実はノルウェー、スウェーデンからの方がアクセスしやすいです。フェリーなので時間はかかりますけれど、列車よりはゆったり旅行できていいと思います。

下の地図の
A=Oslo オスロ(ノルウェー)
B=Frederikshavn フレデリクスハウン(デンマーク)
C=Gøteborg ヨーテボリ(スウェーデン)
D=Hirtshals ヒヨッツシャルス (デンマーク)
E=Kristiandsand クリスチャンサン(ノルウェー)
です。B・D間は鉄路でつながっています。
さらに、これらの航路に加え、アイスランド-フェロー諸島-ヒヨッツシャルスというまさかの航路もあるのです!
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各航路を扱うフェリー運行会社のHP
オスロ・ヨーテボリ-フレデリクスハウン
クリスチャンサン-ヒヨッツシャルス
アイスランド-フェロー諸島-ヒヨッツシャルス
ということで、オスロやヨーテボリを旅行の拠点にして、北ユランにさらっと遊びに行って戻ったり、オスロから北ユラン経由でヨーテボリへ抜けたり、という観光ルートが作れます。これなら日本からの観光でも、北ユランまで行くことは意外と抵抗なくできると思います。

では、北ユランには何があるか?といいますと、あるのは飾らない自然そのまんまの土地と、厳しい自然の中での生活から生み出された芸術です。北ユランには、陶芸・絵画・彫刻・ガラス工芸などの芸術家がたくさん住んでいます。土地柄なのか、ギャラリーを見に行くと、気取らない、飾らない、でもどこか一本芯が通った作品が多いなあと私はなんとなく感じます。のんびり散策して、夏は風に吹かれて青い空を見ながら、冬は荒れる海と暗い空を見ながら、物思いにふけってみるのも一興です。

6月~8月がいちばん過ごしやすく、景色もいちばん美しいといわれる時期ですが、その分観光客も多く、観光客を見に行く旅行になります。この時期は、仲間内で騒ぐのが目的で来る観光客もけっこういる(特にスケーエン)ので、そういうのを避けたい人は、観光地ですがスケーエンほどメジャーではないHirtshals、Aalbaek、Loenstrup、Tversted、Saebyなどをオススメします。時期的なオススメは、ピークを外れていますが過ごしやすい5月と9月です。本当に深く物思いにふけりたいのでしたら11月と1月もある意味オススメです。あのスケーエンですら、その時期は独りになれる場所がわんさかありますので、じっくり考え事をしてください。

詳しくはこちら

さよならデンマークその1 北ユランについて

もうすぐデンマークを離れるので、時間があって、ブログを書く気もある今のうちに、4年ちょいの滞在経験から感じたことを数回に分けてまとめておこうと思います。まずは私が住んだ、北ユランの話です。ここで言う北ユランとは、オールボーより北の一帯のことで、オールボーは除きます。同じ北ユランでも、オールボーとそれ以外ではすごい違いがあります。オールボーは大学があるだけ、小さくてもそれなりにインターナショナルです。

結論から言いますと、受け入れ「団体」がない場合は、長期滞在には適さない場所です。受け入れ団体というのは、例えば留学先の大学、交換留学先の高校、フォルケホイスコーレ、または私の例のように、インターンシップ先の小学校等です。団体の中の人は、多かれ少なかれ必ず自分の力になってくれますので、そういう人は最初はひとりでも多くいた方がいいです。私はもともと、北ユランを自分で選んで滞在したのではありません。インターン先がたまたま北ユランだっただけです。受け入れ先の学校スタッフや、ホームステイ先の家族がいなければ、ここに長くは住めなかったでしょう。北ユランは大きな日本人ネットワークもなければ、インターナショナル環境もない、ひたすらローカルな地域ですので、例えばワーホリやオペア、ファームステイ目的などで独りでやって来て、滞在先をいちから探すのは、よほどのバイタリティーがないと難しいです。

逆に言えば、なにか受け入れ団体があるのなら、そこを最初の足場にして、大きな街とはひと味もふた味も違う長期滞在が可能です。例えば、デンマーク語を実地で徹底的に磨きたいのなら、北ユランはオススメです。まともに暮らそうとすると、英語だけでは暮らせない場所だからです。現地の人は、デンマーク語で話さないと、心を開きませんし、本音を話しません。いろいろ悩みを打ち明けられる日本人の知り合いも、簡単に会いにいけるほど近くにいませんし、気晴らしに回れるショッピングセンターやカフェも、列車でわざわざ隣町に行かないとありません。その列車も1時間に1本。やたら運賃も高い。結果、デンマーク語が話せない、ただそれだけで自分が孤立して暮らしにくくなります。現地語以外の言葉に心を開かないことは、現地の人が悪いのではなく、誰しもそうなんだと思います。私だって、日本語以外の言語で話すときは、何を話しても説明くさくなって、めんどうくさいですから。なお、それ以前に、英語が話せない人も多いです。博物館や美術館(もちろん私の町にはない)も、案内がことごとくデンマーク語と、観光客用のドイツ語です。Hjoerring市の語学学校は、財源不足と教師・生徒不足で、モジュール3.3から上は合同クラスです。先生はどうしても、モジュール3.5の人をテストに合格させることに力を割かざるを得ないので、早く自力で3.5まで這い上がらないと、先生がまともに面倒をみてくれません。自分が先生とソリが合わなくても、語学学校を変えられないです。学校はそこ1校しかないので。隣のコミューンの語学学校に行こうにも、列車もバスも未発達で、車がなければ簡単には通えません。なお、方言の問題ですが、私はネイティブデンマーク人によると、北ユラン方言を話しているそうですが、コペンハーゲンやオーフスで、方言の問題で意思疎通ができなくて困ったことはありません。意思疎通ができないのはたいていの場合、外国人特有の発音が悪さのほうが原因なので、方言は気にしなくていいと思います。方言丸出し、素晴らしいじゃないですか。…というわけで、いろいろ書きましたが、孤立が嫌なら、何が何でもデンマーク語が話せるようにならざるをえないです。言語は、このくらいの差し迫った必要性にかられて、初めて習得できるのかと私は思いました。

デンマーク語がある程度話せるようになれば、新たなデンマーク人と仲良くなり、新たな足場を作っていくことができます。言い方が悪いですが、「使える」デンマーク人との間に、意識的にネットワークをつくっていくことが、北ユランでは本当に重要になります。「使える」、というのは、自分が活躍できる新たな足場や、より大きく、よりインターナショナルな足場に繋いでくれる人という意味です。逆に、もう完全ローカルな世界に生きていて、外国人の私にも、世界の事情にも全く興味なしという人もいます。そういう人とはネットワークが広がっていかないし、それは仕方ないことです。「田舎人は見識の狭い奴ばかりだ!」なんてやけっぱちにならず、そういう人とはうまく力を抜いて近所付きあいして、懲りずに他の人を探していくことが大事です。

私は絶対に北ユラン人にはなれない、あくまでも外国人であり、いつかはここを出て行く人だったわけで、ローカルな世界だけにどっぷりつかってしまうのは、やはり精神的に辛かったです。どこかにインターナショナルな、もう少し外国人として楽に過ごせる世界とのつながりを保っていたいといつも思っていました。ここで難しいのは、たいていどの人も、こちらからアクションをおこさないと、向こうからはアクションを起こしてこないことです。どこまでめんどうくさいのでしょう~。でも、自分が何もしないで、相手の出方を待っていると、あっという間に孤立します。相手が閉じていようとも、こちらがオーバーなほどに心を開いて、「私は怪しくない、私はあなたに興味がある!」という自分をアピールしまくる必要があります。

北ユランの人は最初はとっつきにくいですが、いったん話せるようになって、自分は怪しい者ではないことが分かってもらえれば、すごく親切にしてくれます。仲良くなった人が、別のだれかを呼んできて、最終的に仕事のチャンスや進学のチャンスにまでつながることだってあるのです。私が進学できた最初のきっかけなんて、こちらで知り合った人が、私が学士までしか持っていないのを勝手に惜しいと思って、デンマークでは学歴がなければ始まらないからと、勝手に大学に電話をかけたことからです。人のつながりが、時にとんでもないものを運んでくるのです。

北ユランの暮らしは、「知らない人同士の社会に、自分も知らない人として入り込む」都会とは違い、「皆が互いを知っている社会に、怪しいよそ者として入り込む」ことを要求されます。いかに自分を信じてもらえるか、そのために、どこまで自分が偏見も心無い言葉も覚悟して思い切り心を開けるか、どれだけたくさん、力になってもらえる現地人に出会えるか、にかかっていると思います。

ただ、外国でわざわざこういう、ローカル社会経験をする意味はあるのかな…?という気はします。近所に住む、外国人の知り合いは、「とにかくデンマークに住んだら、自分の子どもにもインターナショナルな経験をさせることができると思っていた。でもここ(北ユラン)では、ローカルな経験ばかりで、これでは自分の国の中で、ただ田舎に引っ越したのと同じかも。」と言っていて、私も確かにその意見には納得です。

私の場合は、デンマークに4年滞在して、得がたい経験を得られたのは、ここに住んで出会いに恵まれたから以外の何物でもなく、仮にコペンハーゲンやオーフスなどの大きな都市に住んでいたら、予定通り1年で帰国していただろうことを考えると、ここに住んだこと自体に後悔をするどころか、むしろ感謝しています。

もうひとつのLyngby

コペンハーゲン郊外に、Lyngbyという町がありますが、実は北ユランに、もうひとつのLyngbyがあります。正式な名前はNr.Lyngby(北リュンビュー)ですが。北ユランの西海岸で最も大きな観光地、Loekken(ルケン)から、北へ5kmのところにあります。

Nr.Lyngbyに限らず、西海岸は常に押し寄せる砂と、波による海岸浸食とのたたかいを続けてきた場所ばかりで、西海岸を訪れると、私は夏でもどこか物悲しく感じます(物悲しさを超えてなお美しいので、夏にデンマークに滞在される際はぜひ訪れてみてください。)冬は余計に物悲しいです。諸行無常を感じる風景にたくさん出会えます。
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ここには昔、教会があったのですが、砂に耐え切れず、1913年に建物の保護が打ち切られ、海岸からもっと離れた別の場所に、新しい教会が建てられました。古い教会には鐘がついておらず、教会の外に鐘がありました。その鐘だけが、いまも写真のように、ぽつんと残されています。
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鐘の写真。いい感じに錆びています。
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海岸を散歩している人、意外といます…Loekkenまで行くともっといます。
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せっかくなのでLoekkenまで足を運びました。西海岸名物?のBaakeSkagen(スケーエン)にもあります。
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夏になったらぜひ訪れたい地ビール醸造所、Loekken Bryghus
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デンマークでは、同じ名前の町は意外とたくさんあるので、調べてみると結構面白いですよ。

学生ビザ取得にまでお金がかかるようになってしまったのね…。

デンマークの配偶者ビザ取得に手数料がかかるようになったことは聞いていましたが、まさか学生・phD・研究者ビザの取得まで手数料がかかるようになったとは…。配偶者ビザより安いですけど。

料金表はこちら(英語)です。
http://www.nyidanmark.dk/NR/rdonlyres/D4F95C4B-01BC-4E7E-AF05-89040BC3EE48/0/gebyr_folder_engelsk.pdf

これは、自国の大学から短期留学する人からお金を取る目的でしょうか。そういう人は確かにデンマークのブレインにはならないで自国に戻っちゃうので、ビザ手数料を取るのは妥当かもしれません。正規留学で修士課程に来る学生は、ビザの手数料も大学が出す方向で動くと思いますが。途上国出身の学生は自腹が切れない可能性大ですし。

正規に大学に雇用されるphDは、ビザの手数料くらいは雇用先の大学が何とかしてくれるとして、研究目的で個人で奨学金を取って大学に来るphDや研究員の人はこれから余計大変になりますね。これらの人も、多くはデンマークのブレインにはならないで自国に戻っちゃうので、手数料を取るのが妥当なんでしょうか。それに、正規雇用でもおかしなことが大学の中から出てこなければいいのですが。「外国人はビザ関係で金がかかるから、雇用しない方向で」とか。

デンマークにこれから留学する方、くれぐれも、法律を真に受けて自腹を切らず、方々に「お金がないのよー。」とわめいて努力してみてください。私の経験だけですが、デンマークで高いお金を要求してくるものは、それを払わなくてもいいようになる裏ルールがどこかに存在します。例えば、修士の正規留学の場合、非EUからの学生は、本来授業料を払わないといけないです。それが確か年間200万円以上。これは、払えといっているのではなく、払うのをバカバカしいと思わせて、他の方法を考えさせる目的で制定していると私は思います。実際、私が大学に入学した時のオリエンテーションでも、自腹で払った人はいませんでした。皆、自分の会社、自国の政府、自国の大学、デンマーク政府等々から授業料を出してもらっていました。自腹以外の方法がとれないなら、デンマークの大学に入っても、日常生活で困ることは山とあるのであきらめたほうがいいかもしれません。

配偶者ビザも同じようなことが言えると思っています。手数料やギャランティも、テストも、法律を真に受けるのがバカバカしいと思わせるためにあるのだと思います。EUルールという法の抜け道を使えるということはもう周知の事実なので、本気の本気でデンマーク人と結婚したいならその方法を使え、ということなんでしょう。あとは…今思いついただけですけど、意外と、一緒に住むことを考えずに、しっかりと日本とデンマークで別居して、デンマーク人側が政府か会社に適当なことを言って、日本往復の交通費と、エクストラの有給を無理やり出させるようにするとかのほうが、うまくいくんじゃないかという気がしました。デンマークはデンマーク人には優しいので…。

酒と泪とベルギーと帰路

ブリュッセル滞在2日目は、街を適当にぶらぶらお散歩したあと、ベルギービールを買って、車でオランダへ戻りました。

ブリュッセル西部地区で開かれていたクリスマスマーケット。
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すごく派手な装飾が印象に残って入ったカフェ。
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ここのカフェのオムレットもすごくおいしかったです。
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ベルギーならではのフルーツビールは、このカフェ以外でも、入ったどこのカフェや軽食屋にもおいてありました。シャンパンみたいで女性に好まれる味のビールです。
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さて、EU圏内は関税を撤廃しているので、ベルギーでビールを個人でどれだけ買い込んでデンマークに持ち込むのも自由です。ではベルギービールはどこで買うかというと、普通のスーパーで買います。カルフールでも何でもいいです。どこのスーパーでもビールが充実しています。なのでむしろ大事なのは、入り口の近くに車を停められるかどうか、ということになります。ビールは重いので。そして、スーパーでビールをうっとり眺めていると、デンマークでのあまりのベルギービールの値段の高さにだんだん悲しくなってきます。おおよそ、どのビールもデンマークでの値段の5分の1から6分の1です。とはいえデンマークで買ってもたかが知れている値段なので、ベルギーでのベルギービールの値段が驚くほど安いというわけです。330mL瓶が1本100円台です。いかにベルギーで、ベルギービールが庶民的存在かということがよく分かります。美味しいのに庶民的価格。いいですね。
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これだけ買って、およそ3000円。ラベル集めが趣味なのでラベル買い。ラベルが面白いビールはだいたい美味しいのでそれでOKです。でも、買う量としてはこれは少ない方です。ベルギーまで行くのにかかったガソリン代を考えれば、ケースで何箱と買う方がお得です。ちなみに、私の元ホストファミリーは、ビールを買い込む目的で、ハイエースのような車を買ってしまったつわもので、ベルギーに行くと100ケース(100本ではありません、100ケースです。)近いビールを買ってきます。ビールサーバーを自前で自宅に作ったので、サーバー接続用の樽ビールも買ってきます。
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同居人Lは、大瓶と、好きなビールのみを箱買い。箱買いは4本セットですが、セットを店内で勝手にくずしてバラ買いすることも可能です。
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さて、その日はブリュッセルからいったんオランダまで戻り、翌日、オランダからの帰路の途中で、オランダ北部のフローニンゲン(Groningen、Gからはじまっていますがフローニンゲンと読むらしいです。)という町へ立ち寄りました。オランダは、北部は南部に比べて、いなかで畑しかないイメージがあるのですが、ここはオランダで2番目に古いフローニンゲン大学があって、街も若者でいっぱい、活気付いています。人口もデンマークのオーデンセより多いです。クリスマスの飾りはデンマークに比べて質素です。
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上の写真の、時計台の右下にくっついている小さい建物は、現在はカフェとして利用されています。フローニンゲンは、デンマークから車でオランダ中心部に旅行する場合、休憩がてら立ち寄るにはとてもいい場所ではないかと思います。 
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酒と泪とベルギーと少女

ブリュッセル滞在1日目は、同居人Lが好きなアーティストのルネ・マグリットが創作活動をしていた家を訪ねました。ブリュッセルの北部郊外にあり、中心部に比べるとさびれた感のある地域です。
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マグリットが住んでいた当時の家具がそのまま保管されていますが、本人の作品があるわけではないので、よほどコアなマグリットファンでないとおもしろくないかもしれません。説明のお姉さんが、マグリットは亡くなってから有名になった人なので、生前は貧しい生活をしていた、と言っていました。この建物も、マグリットが借りていたのは地上階のみで、リビング、寝室、キッチン、バストイレのみの質素な間取りでした。
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キッチンの一部をアトリエに使っていたためか、マグリットの作品には、家のどこかをモチーフにした作品がたくさんあるそうです。たとえば、あからさまな例ではこの作品と、この暖炉とか。
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トラムで再び中心部に戻って、中央広場グラン・プラス方面へ。おなかがすいたのでご飯にしました。写真は、軽食屋で頼んだ、たかだか7ユーロ(約870円)のパスタです。でもちゃんとアルデンテ、味もまとも。食べていて涙が出ましたよ。なぜなら期待通りに美味しかったからです。何度も言っていますが、デンマークは田舎都会関係なく、外食産業のレベルが低すぎで、デンマーク人自身も食にあまりうるさくないため、外食に高いお金を払っても、まともなゴハンにありつけるかどうかは運次第なのです。特にパスタは。カフェでもパスタに1800円近く払うのが普通で、たいていの場合、麺がのびきっています。ソースもクリーム満点で気持ち悪いか、しょっぱいか。ハンバーガー・サンドウィッチ系は味はまだしも、外食でわざわざ食べたいと思いません。なのでもう、デンマークで本当に美味しい外食なら、三ツ星以上のレストランに行かないとダメですが、そのお金があるなら、私はこうして外国へ出るほうを選んでしまいます。日本もそうですが、対価に見合った、もしくはそれ以上の食事を出してくれる国は、本当に素晴らしいのです。おまけにベルギーはこんな軽食屋ですら、すごくいいベルギービールをメニューに揃えている。食のレベルが高いと思います。
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グラン・プラスはこんな感じです。大きなクリスマスツリーが印象的。


目的は酒なので、さっさと目当てのDELIRIUM CAFEへ。
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ちなみにこのカフェの向かいに、有名な小便小僧ならぬ「小便少女」がいます。小便小僧はかわいいのに、こちらは微妙。他の観光客も微妙な表情。私は、ロスキレフェスティバルにこういう女の子がよくいたかもなと思いました。
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カフェの中はこんな雰囲気です。雰囲気を壊さないように露出時間を長くし、フラッシュなしで撮影。
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天井の写真。いろいろな銘柄のビールのお盆です。
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飲み倒して1日目終了。
プロフィール

syltetoejsglas

Author:syltetoejsglas
はじめまして。syltetoejsglas (デンマーク語で「ジャムの瓶」の意)です。大学でジャム瓶を使って実験をしていたので、こういう名前です。
現在、デンマークでの大学院生生活を終え、プータロー生活を1年近く大満喫の後、日本帰国。4月から専門職で社会人復帰しています。
このブログは、デンマークなのにデンマーク人にすらデンマークと思われていない(?)デンマーク最北部での野趣あふれる生活を懐かしみつつ、私のいまだ不慣れな日本での日常生活を淡々と綴るものです。

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